「開業と友と哲学との出会い」そして未来へ続く「私の夢」第2部

第2部 「開業と友と哲学との出会い」そして未来へ続く「私の夢」 (岩村 龍一さん)

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㈱コミュニティータクシー http://www.comitaku.com/

「開業と友と哲学との出会い」そして未来へ続く「私の夢」


  • 6.開業後エピソードと現状の課題

  • 6-1 「生活支援企業」へ向けての開業!
  • 「開業と友と哲学との出会い」そして未来へ続く「私の夢」コミタクは、平成15年1月20日、市民タクシー構想の下、40名の方の出資を得て、設立されました。利潤追求のみに走ることなく、本業で地域を支える生活支援企業を創り出すという、一見、青臭い理念の下、それでも真剣に、第一歩を踏み出しました。

  • まず我々は、タクシー事業の営業許可申請を行なうとともに、設立2ヵ月後の4月開業を目指し、社員を新規募集いたしました。チラシ広告を見られ、履歴書をお送りいただいた40数名の方全員と、丸一日をかけてお会いをし、結果的に、この中から約半分の方にご縁をいただいて、一緒に仕事をすることとなりましたが、彼らには、ある共通することがありました。それは、自己破産や廃業、または早期退職勧告等、リストラの憂き目にあった「経済社会の負け組」だったのです。そして、もうひとつの共通点がありました。

  • 皆、例外なく人の良さそうな顔をしていました。笑顔がとても素敵な連中で、ひょっとしたら「人の良さ」でもって、そのやさしさから弾き出されたのかもしれないな、そんなことを強く感じました。私は、皆を集めて、こう言いました。「俺たちは、自分自身を負け組と認めよう。でも、世の中の方が間違っていないか?どこそこおかしくなった世の中を、俺たちの手で変えよう、違う価値観で勝ち組になろう!」と。

  • 6-2 「オンリーワン」を目指したマニュアル作成の息吹が…
  • 彼らは、外部から招聘した接客マナーの講師を囲み、自分たちが行なう接客のマニュアルを自ら作り出しました。お客様が、高齢の方だったら、妊婦さんだったら、子供さんだけだったら・・・晴れの日、雨の日、雪の日・・・朝、昼、夜・・・あらゆるお客様、天候、時間、場所等を想定し、ケーススタディを繰り返しながら、マニュアルを作り上げて行きました。
  • 合言葉は、「すべてはお客様のありがとうのために」。
  • 「開業と友と哲学との出会い」そして未来へ続く「私の夢」役に立ち喜ばれ、あてにされることが我々の使命であり、喜びである。
  • 他社と比べられるような接客レベルではなく、
  • オンリーワンのサービスを目指そう!

  • 私は、マニュアル作成に関して一切口をはさんでいませんが、素晴らしいサービスマニュアルが出来上がりました。

  • 6-3 「開業直後の経営危機!」 
  • 一方、運輸局で審査される営業許可は、こちらの予定どおりには進みませんでした。
  • 4月開業を目指したものの、結局、2ヶ月遅れの6月1日に正式開業となりました。
  • おかげで、人件費等、大きな支出が先となり、開業直後、資金繰りはたいへん厳しいものになりました。新規事業者ゆえに、与信も厳しいものがあり、金融機関も良い顔はしてくれません。
  • なんと、コミタクは、運転資金の枯渇により、開業直後に経営危機に陥ったのです。
  • 「開業と友と哲学との出会い」そして未来へ続く「私の夢」しかし、ドライバー自らが作ったマニュアルを実践した現場では、いきなりコールセンターの回線がパンクするほど、電話が鳴り響きました。「30分待ち以上」の状態が毎晩続き、コミタクならぬ“コンタク”と冷やかされるほどの盛況ぶりでした。

  • これを見て、私は成功を確信しましたが、裏腹に手元の資金繰りは厳しく、いつ潰れてもおかしくない危篤状態でした。

  • とりあえず私は、取締役の前で頭を下げ、緊急の資金調達に力を貸していただきましたが、それでも追いつきません。そこで、打った手は、なんと増資でした。
  • 大株主であり、顧問会計士でもある先生に相談したところ「よし、じゃあ返さなくてもいいお金を集めよう。」と至極、簡単に言われました。普通で考えれば、とんでもない話です。
  • 設立直後の舌の根も乾かない内に、しかも、生まれたとたん危篤の会社に、「つぶれそうだから」という理由で誰が出資をしてくれるでしょう。ただ、他に方法はありません。
  • 私は、当たって砕けろというつもりで、出資者の皆さんのところをもう一度回り、頭を下げました。

  • 6-4 「多くの方の支援で増資が実現」
  • そして、わずか1ヶ月と少しの間に、目標である1,500万円の増資が実現しました。
  • 皆さん、驚きながらも理解を示してくださり、新たな出資者もご紹介いただく等、たいへんなご支援をいただきました。中でも忘れられないのが、ある自動車学校の社長さんとのエピソードです。日頃から心安いお付き合いをさせていただいておりましたが、社員が二種免許を取得した教習費が払えず、随分と支払いが滞っておりました。

  • 私は、社長に冗談交じりに「お金が払えないので、印刷して持って行きます。」と言うと、「おお、わかった。持って来い。」と二つ返事でご了解をいただきました。
  • お金の代わりに、株券で払うという前代未聞の出来事でした。
  • このような皆さんのおかげで、コミタクは危機を乗越えましたが、どうしてご支援をいただけたのだろうと、正直、不思議に思いました。
  • 考えられるのは、やはり、その青臭い“志”にあったのだと思います。
  • 「お金儲けだけではない会社を創る。皆に喜んでもらう会社を創る。世の中を良くする。」・・・
  • これを現実として皆さんに形として見せたことが、ご支援をいただいた理由だと思います。

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  • 6-5 現状の課題と最大のテーマ
  • 現状の課題として、開業5年を経過した今も、収支の面では厳しいものがあります。
  • しかし、私たちが描いた夢、志を持ち続けさえすれば、それは自然と解消していくものだと確信いたしております。
  • 「開業と友と哲学との出会い」そして未来へ続く「私の夢」また、自分たちが作ったサービスマニュアルも、お客様の事前期待の高まりにより、向上させていかなければなりません。「コミタクさんの社員さんは、皆、良い人ばかりだけど、どうやって教育しているの?」と言われることがよくあります。
  • おっしゃっていただけることは、たいへんありがたいことですが、私にとっては、こそばゆいものがあります。教育なんて、とんでもない。
  • 何故なら、それこそがコミタクの現状における最大の課題なのです。1日に400名~500名のお客様に接し、どうしたら全てのお客様に喜んでいただけるか、どうしたら役に立つことができるのか、様々なお客様を前に、それはそう簡単ではないことです。いくらマニュアルのページを増やしても、追いつくものではありません。ならどうするか、やはり、社員それぞれが個々の人格、人間性を高めて行くこと以外ありません。ここが、コミタクの最大のテーマです。

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  • 7.私の生きてきた道

  • 7-1 岐阜県多治見市に生を受ける
  • 「開業と友と哲学との出会い」そして未来へ続く「私の夢」私は、多治見生まれの多治見育ちです。子供時代は、高度成長期の真っ只中にあり、粘土の採掘事業で、文字通り一山当てた父親の元で、お金の苦労は一切したことはありませんでした。良いか悪いかは別にして、欲しいものはなんでも手に入るというような生活をしていました。
  • 男気の塊のような父親は、よく酒も飲み、よく遊んだ人でしたが、間違ったことが大嫌いで、特に弱い者いじめは絶対に許さない人でした。
  • 友達から「弱きを助け強気を挫く、正義の見方、月光仮面!」と冷やかされていましたが、親分肌の性格から、人目には恐いお兄さんたちも家によく出入りしていました。

  • 7-2 「野球との出合い」
  • ともすると、私にとっては、横道に反れてもおかしくないような家庭環境ではありましたが、小学1年生の時に野球に出会い、来る日も来る日も、ボールを追っかける毎日でした。
  • やがて、甲子園を夢見るようになり、当時、野球の名門校だった多治見工業高校へ進みましたが、想像を絶する厳しい練習は、まさに「地獄の3年間」でした。

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  • 今思っても良く耐えられたなと思います。そして、私個人の人格形成の上で、基本となる大切なことをたくさん教えられました。残念ながら、甲子園出場という夢は破れましたが、先輩後輩の上下関係、礼節に対する姿勢など、多くのことを学びながら、ひとつのことに打ち込めたことで、たいへん貴重な経験をさせていただきました。

  • 7-3 「目標の喪失と挫折」
  • 高校卒業後、愛知工業大学へ進学しましたが、右肩の故障もあり、野球は1年で断念しました。それまで、野球しか知らない生活をしていましたので、何をしても、どこへ行っても新鮮で、おかげで学生時代は遊び呆けていました。
  • なんとか卒業はできたものの、そんな劣等生を採ってくれる会社は、そうそうなく、11社の面接を受け、内定2社という惨憺たる結果でしたが、なんとか段ボールメーカーに営業職として採用していただき、社会人デビューを果たすことが出来ました。
  • その頃は、さして夢も目標もなく、人生のビジョンなどを考えたこともありませんでした。なんとなく、ぼんやりとやがて親父の仕事を受け継いで行くのだろうなと思っておりましたが、2年半で仕事が煮詰まり、嫌気がさして辞めてしまいました。
  • とりあえず、アルバイトでもしながら遊んでやろうと、1年間フリーター生活を経験しました。広告代理店、市場調査、スーパーの棚卸、水道工事等、今考えると、手探りで自分の行く道を探していたのかもしれません。

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  • 7-4 「実家の会社の危機と再建への行動」
  • そうこうしているうちに、ある晩、母親と二人で夕食を摂っていると、母が父の会社が危ないらしいポツリと言いました。
  • 「開業と友と哲学との出会い」そして未来へ続く「私の夢」まさに寝耳に水の話で、あれだけ順調に行っていたはずの父の仕事が、そう簡単におかしくなるはずがないと半信半疑でしたが、次の日、事務所を訪ね、金庫番をしていた母方の叔父に尋ねると、母の言うとおりだと言います。
  • 従業員も全て解雇し、叔父も自分で商売を始めるつもりだと聞きました。
  • 一方、父は結構悠長に構え、私の目には緊張感が全くないように映りました。
  • 私は、それがなんだかイライラして、父の仕事を引継ぎ、俺が何とかしてやろうという気になりました。父には、私から一方的に宣言をし、勝手に自分の名刺に「代表」と刷り込んで、営業に回りました。本業であった粘土の採掘業を諦め、運送業に活路を見出しましたが、なんとそれが順調に回り始めたのでした。

  • 7-5 事業の成功と影そして最愛の父との別れ
  • 後先など一切考えず、車を増やし、人を増やし、私は青年実業家気取りで、規模拡大を目指しました。どんなもんだい、俺様が少し努力すれば仕事なんか取ってこられる、金がないと嘆く貧乏人は、能力もなく努力もしないやつだと、傲慢な考え方を持つようにもなりました。そして、毎晩飲み歩き、週に1~2回のゴルフ、週末は競輪場で過すという放蕩生活を続けていました。

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  • 決して、現金が手元にたくさんあったわけではありません。
  • 商売の規模が大きくなることで、私は単に錯覚をしていたのです。
  • 今思えば、たいへん恥ずかしい思いです。
  • そんな息子に父は、何も言いませんでした。子供の頃から、私の前に壁を作ることは、決してしない人でしたから、色々と言いたいこともあったでしょうが、私も父に、助言を求めることも一切しませんでした。
  • そんな父が、ある日突然、肝臓ガンで余命半年と宣告されることとなりました。私は、たいへんなショックを受け、うろたえました。ガンに関する本を買い込み、何か父を救う手立てはないものかと探しましたが、お医者様の言われたとおり、きっかり半年でこの世を去りました。58歳の若さでした。
  • 「開業と友と哲学との出会い」そして未来へ続く「私の夢」この時、私は、たいへんな親不孝をしたと反省をいたしました。「俺が殺したのも同然だ。何故なら、仕事を父から取上げ、相当なストレスを背負わせたのは、この俺だ。」と自分を責めていました。
  • そして、父を見送ってから少しした頃、右肩上がりの商売も、頭打ちになって来ました。あれ、おかしいな、売上が伸び悩んでいるなと気づいた時には、もう遅く、世間知らずの若造には手に負えない状況になりつつありました。

  • 焦燥感と絶望感が大きくつのり、いっそのことこの場から逃げ出したいという願望が入り混じって、どんどん後ろ向きな考え方になって行きました。とても経営者とは呼べない、全くもって情けない醜態でした。
  • しかし、この絶体絶命のピンチがあったからこそ、今日があるのでしょう。
  • この体験がなかったら、もしかしたら、私は今でも傲慢で、もっともっと情けない経営者に成り下がっていたのかも知れません。

  • この絶望の淵から私を救ってくれたのは、紛れもなく「人」でした。
  • 私に、きづきを与えてくださり、支援をし続けてくれた人々のおかげで、今があると真摯に感謝をいたしております。

「開業と友と哲学との出会い」そして未来へ続く「私の夢」

  • 6.開業後エピソードと現状の課題
    7.私の生きてきた道
    8.真の友人-「学びの友との出会い」
    9.信ずる「哲学」との出合い-日本古来の思想を見つめて
    10.高齢化社会へ向かう時代を思う
    11. 私の夢
    LinkIcon「開業と友と哲学との出会い」そして未来へ続く「私の夢」 TOPへ
  • 8.真の友人-「学びの友」との出会い

  • 子供の頃から、社交的な私は、たくさんの友達に恵まれました。
  • しかし、「遊び友達」というのは、その人間の器はもちろんですが、実は収入や境遇に影響され、自分と相手の環境によって、友達は随分、変わって行きます。
  • つまり、1万円の小遣いしかないのに、10万円で遊ぼうとする人とは、とても付き合えません。従って、子供の頃、学生の頃、経営者となってから等、その時々で友人の顔ぶれは変わって来ています。
  • もちろん、遊び友達も大切ですが、生涯を通しての真の友とは、同じ価値観の上で、同じベクトルを持ち、共に何かを学ぼうとする「学び友達」ではないでしょうか。
  • 「開業と友と哲学との出会い」そして未来へ続く「私の夢」私が、商売が思わしくなく愚痴ばかりこぼしていた頃、後ろ向きな姿勢の私を救ってくれたのは、友人のひとことでした。
  • 同業のある運送会社の社長ですが、ある時、弱音を吐く私に、何気なくこう言いました。「人間が生きるとは、志の問題だよ」と。

  • 「志」という言葉を聞いた瞬間、私の目からはボロボロと涙が溢れ、私は改心を決意しました。何故、その言葉に響いたのか、今でもよく理由はわかりませんが、そのひとことで、私は目が覚めたのです。

  • 彼は、私にとって「学びの友」でした。彼が中心となり、同業者で新規事業を起す勉強会を開き、私は会社を良くしたい一心で、参加をしました。そこで共に学んだ連中が、やがて、株式会社コミュニティタクシーの発起人となるのです。

  • コミタクができた後も、私は様々な方々と知り合いましたが、「学びの友」にも多く出会いました。経営者として、経営戦略や情報収集のためのセミナーや勉強会に、できる限り参加をしましたが、そういった「技術」を学ぶのではなく、ある時、「倫理法人会」という経営者の「心」を学ぶ会に出会いました。ここで出会った友は、同じ価値観で同じ方向を向いた、いわゆる同志です。人として当たり前のことを当たり前にして、お金儲けだけに傾倒することなく、倫理という原理原則を基づいて、経営を行なうという考え方です。
  • 経営者として、どういう心持ちで物事に対すればよいのか、共に学ぶ友が私にとって一番の友になっています。新友が親友となり、やがて信友となり心友となる。
  • まるで、語呂遊びのようですが、価値観を同じくし、馴れ合いでない厳しさを持った心の友を多く持ちたいと願っています。

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  • 9.信ずる「哲学」との出会い

  • 9-1 「万人幸福の栞(しおり)」との出合い
  • 先に述べた「倫理法人会」は、社会教育者である丸山敏雄が起した「社団法人倫理研究所」に属す全国組織です。47都道府県に、各市町村単位で単会があり、現在、約5万社が会員となっています。多治見市においても、約3年前に「多治見市倫理法人会」が設立され、120社ほどの会員で活動を行なっています。

  • 倫理研究所ホームページ http://www.rinri-jpn.or.jp/houjin/houjin.htm

  • 純粋倫理に基づく倫理経営を実践すべく、毎週1回朝6時から開かれる「経営者モーニングセミナー」を活動の中心に、毎月1度のナイトセミナー等を開催し、経営者の心のあり様を学んでいます。

  • 私は、多治見市倫理法人会の設立準備に携り、現在、会長職を拝命しておりますが、弊社の顧問会計士であり、個人的にも師匠と崇める曽根康正先生からセミナーにお誘いいただき、名古屋市熱田区で仏壇の製造販売業をされている熊田光伸さんの「事業体験報告」を聞いたのがきっかけでした。
  • それまで、私が出席した勉強会やセミナーと言えば、お金儲けの方法や、他人より優位に立つための情報収集が主な内容でしたが、熊田さんの話は全く違い、衝撃的でした。
  • 奥様やご子息、お父上とのつながりを「本当にあった話」からお話され、ついつい高飛車に構えてしまう経営者の視点ではなく、人としてのあり方から経営者を見つめ直すようなお話をされました。私は、ついつい涙を流しながら聞いていました。経営者として、家庭の愛和を築き、人格を高めて行かなければならないことを自覚いたしました。
  • 倫理法人会が、バイブルとしているのは、創始者である丸山敏雄が研究者として書き上げた「万人幸福の栞(しおり)」です。

  • ここには、守れば必ず幸せとなる生活の筋道、十七か条が記されています。
  • 文面を見ると、宗教臭いところもありますが、内容は、ごくごくあたりまえのことです。
  • その十七か条とは、以下のとおりです。

  • 1.  今日は最良の一日、今は無二の好機
  • 2.  苦難は幸福の門
  • 3.  運命は自ら招き、境遇は自ら造る
  • 4.  人は鏡、万象は我が師
  • 5.  夫婦は一対の反射鏡
  • 6.  子は親の心を実演する名優である
  • 7.  肉体は精神の象徴、病気は生活の赤信号
  • 8.  明朗は健康の父、愛和は幸福の母
  • 9.  約束を違えれば、己の幸いを捨て他人福を奪う
  • 10. 働きは最上の喜び
  • 11. 物はこれを生かす人に集まる
  • 12. 得るは捨つるにあり
  • 13. 本を忘れず、末を乱さず
  • 14. 希望は心の太陽である
  • 15. 信ずれば成り、憂えれば崩れる
  • 16. 己を尊び人に及ぼす
  • 17. 人生は神の演劇、その主役は己自身である


「開業と友と哲学との出会い」そして未来へ続く「私の夢」

  • そして、万人幸福の栞の前章には、次のようなことが書かれています。
  • 「守れば幸福になり、はずれればきっと不幸になるという、新しい“くらしみち”(絶対倫理)を打ち立てることであります。~中略~このくらしみちは、何時、何処で、誰が行なっても、常に正しい、皆幸福になれる『万人幸福の道』であります。
  • これをつづめてみると、明朗(ほがらかに)・愛和(なかよく)・喜働(よろこんではたらく)、ことの三つであり、今一歩おし進めてみますと、純情(すなお)の一つになります。

  • ふんわりとやわらかで、何のこだわりも不足もなく、澄みきった張りきった心、これを持ちつづけることであります。今この『すなおな心』を、日常生活の一つ一つにあてはめて、わかり易く実行し易い、十七か条の標語にまとめました。」・・・。

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  • 私は、これを読んで感激をしました。
  • 幸せの定義は、個々それぞれにあり、最終的には、各人の心が決めます。自分の心の中で、何かにこだわるから不平が出て、何かが足らないと思うから不満を感じます。
  • それは、他人との比較で考えることが多く、知らず知らずの内に、他人と比べて自分の幸不幸を決める誠に馬鹿な価値観に捕われています。
  • 何事にもこだわらず、足りていると自覚をし、澄みきった張りきった心を持てば、必ず幸せだという自覚が出来るはずです。
  • そのためには、常に「すなお」であること、そして、明るく、皆と仲良く、喜んで働いていれば、不幸になり得ないのではないか、これは、まさに真理だと思いました。
  • また、ここに書かれているのは、ほとんどが昔の人々が当たり前に実行していたことで、驚くような実践の目標はありません。日本人として、古くから伝わるルールを守るだけのことなのです。当たり前のことを当たり前にする大切さを思い知らされました。

  • 9-2 日本古来の思想を見つめて-「利他の精神」や「相互扶助」の思想
  • 戦争直後、貧しさのあまり、物質の豊かさだけが幸せに結びつくと、日本人はひたすらに突き進んできました。しかし、戦争を経験していない私に、その善し悪しを決める資格はありません。何故なら、先人たちのご苦労は、私たちの想像をはるかに超えるものだったはずだからです。ただ、物質が豊かになった結果、皆が幸せになったかというと、必ずしもそうとは言えません。アメリカが持ち込んだ資本主義は、完全に「利己と競争」が基本です。日本古来の「利他の精神」や「相互扶助」の思想とは、全く逆なのです。
  • これで、日本人が幸せになれるわけがありません。

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  • 人の喜び我が喜び、これこそが人が幸せになる唯一最大の価値観です。
  • 人が、ひとりで生きていけないことは子供でも分かる理屈であります。
  • さらに、全ての人に例外なく、必ず訪れる「死」という未来を考えれば、「いかに人と関わって生きて行くか」ということが、すなわち「生」のテーマであるはずです。
  • よく言われる言葉ですが、「棺おけの中までお金は持っていけない」のです。
  • 誰かのために何かをして、誰かに何かをしていただいて、心から感謝をする。
  • 「生きている」のではなく、「生かされている」のです。
  • この原理原則を経営にあてはめることこそ、経営者として、すべき仕事だと考えております。倫理法人会に出会い、幾たびも苦難を乗越えて来た先輩経営者の話を聞いて、自身の人間性を向上させながら、幸せになりたいと願っています。

  • 10.高齢化社会へ向かう時代を思う - 高齢者の呼称への疑問

  • 少子高齢化が進み、日本はたいへんなことになると言われて久しいですが、そもそも高齢者という言葉の定義自体に、私は疑問を持っています。年齢により区分けをするのが当然なのでしょうが、いくつから高齢者で、どういう状況になると高齢者と呼ぶのでしょうか。

  • そこには、企業の定年退職制度が大きく影響しているように思います。
  • 一般的に、定年退職をされたら高齢者となるという感覚があるようですが、私は、これが大きな間違いだと思います。人は、一定の年齢に達すると、皆、働けなくなるのでしょうか。あるいは、皆、働きたくないと思うのでしょうか。

  • あくまでも、定年退職制度は会社の都合によるものです。
  • 組織として、常に新陳代謝を求められることや、年功序列の賃金体系により、一定のところで切らないと成り立たないのは良く分かります。
  • また、何かと先進と見られる欧米の慣習を見習えば、「リタイア」という考え方を真似ることも分からないではありません。しかし、宗教上の理由などから、欧米の価値観では、労働は罪とされています。日曜日には働いてはいけない、という教えが元々ある国なのです。労働の「労」は、疲れる、骨がおれるという意味です。本質的に、この考え方が日本人に合うとはとても思えません。

  • 定年退職後、リタイアして、退職金と年金を原資に、海辺の小さな家でも買って、のんびりと暮す・・・こういう夢を見られる方も多いのでしょうが、1ヶ月たち、半年たち、1年たち、それが5年、10年と続いたらどうでしょう。
  • 「開業と友と哲学との出会い」そして未来へ続く「私の夢」人は、人の中でこそ自分の存在を確認でき、自分の役割を見つけてこそ生甲斐を持つことが出来るはずなのです。よほどのめり込める趣味や、自分にとっての確固たる生甲斐を認めることができる方以外、「何もすることがない」「誰にも認められない」という苦痛は、耐えられないものではないのでしょうか。

  • 人間は、その命のある限り、働いてこそ、人生が価値あるものになるはずです。
  • それは、必ずしも「経済活動」としての「働き」ではなく、自分の存在が誰かの役に立っている、つまり、存在している意味を持っているという「働き」です。
  • 「働くとは、傍を楽にすることなり」という言葉のとおり、「使命」、すなわち「命の使い道」を自ら選び、「生」を使い切るところに究極の幸福があるのではないでしょうか。

  • 私の尊敬する方で、神経内科のお医者様であり、認知症などを専門とし、在宅で看取ることを推奨されている土岐内科クリニックの長谷川嘉哉先生がおられます。この方が提唱されている言葉が「ピンピンコロリ」。ピンピンしていて、コロリと死ぬ。表現はさておき、素晴らしい言葉だと思いませんか?実現できればどんなに幸せだろうと私は思います。
  • 「開業と友と哲学との出会い」そして未来へ続く「私の夢」しかし、残念なことに、加齢により肉体に衰えが来ることは否めません。
  • でも、逆に全ての人が、一定の年齢で一斉に衰えるということもありません。

  • 精神力や気力というものも大きく関係してくるのでしょうが、いずれにしても、元気な人と少し弱った人が存在するのが現実です。だから、ごく単純に、元気な人が、少し弱って困っている人を助けるしくみを作り出せば良いのです。

  • 少子化で社会を支える人口が減り、とてもたいへんな時代が来ると言われますが、若いもんなんかに頼らなくても、元気な年寄りがどんどん増えるのです。

  • 年寄りが働けないと思ったら大きな間違いです。
  • ややこしく考えないで、年齢など関係なく、人と人が支えあうしくみを作り、それを連鎖していけば、素晴らしい世の中になると思いませんか。
  • コミタクは、支えあうしくみづくりのプランナーとなり、プロデューサーとなり、コーディネーターになりたいと思っています。人生に引退はありません。あるとすれば、それは「死」です。人として生まれた以上、誰かを支え誰かに支えられる、この繰り返しこそ、生きるということなのです。

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  • 11.私の夢

  • 若い頃、夢や目標なんて考えつきませんでした。
  • 唯一、あったのは、白球を追いながら想った甲子園。見事に砕けて散った夢でしたが、それ以降、なんとなく、だらしなく生きて来ました。
  • しかし、私の人生は、まだ真ん中を少し過ぎたあたりです。
  • やりたいこととできることの間で、ついつい自分の可能性に自分で枠を作り、言い訳をしながら夢を持つことを拒否して来たのかもしれません。

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  • 最近、若い人に時々聞かれることがあります。
  • 「やりたいことが見つかりません。どうしたら見つかりますか?」・・・自分も似たようなものなので、返答に窮することがありますが、私の友人の話をするようにします。
  • 彼は、衆議院議員を目指しており、一度、選挙で破れた経験を持っています。
  • 私は、彼と初対面の時に聞きました。「どうして政治家を目指しているの?」、すると彼は、屈託のない笑顔で即答しました。「ボクね、総理大臣になりたいんですよ。」と。
  • 私は、平然と言い放った彼を前に愕然としました。

  • 私にとっては、現実離れだと思われる世界に、彼は、ごくあたりまえのように挑戦しているのです。総理大臣になることが良いのか悪いのか、また、なれるかなれないのか、そんなもの一切関係ありません。目指していることに尊敬をしました。
  • とりあえずの私の目標は、コミタクを良い会社にすることです。
  • 良い会社とは、社員全員が「明朗・愛和・喜働」を実践し、本業で社会に役立つ仕事をしながら、きちんと適正な利益を上げて、継続して行ける会社です。
  • そして、地域の問題を解決する事業を、業種業態には一切囚われず、必要に応じて次々に立ち上げていきます。お金儲けをして社会貢献をするのではなく、事業自体が社会貢献となる「生活支援企業」を増やして行きます。
  • やがて、コミタクグループが共通の理念の元に、地域にとってなくてはならない存在となり、「新しい株式会社」の価値観が普遍化します。

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  • そして、社会のために役立つ会社が、この地域に留まらず、全国へどんどん増殖して行きます。こうなると、「お金があれば何でも買える」と言い切った経営者がいた時代は遥か昔。金銭や物質の豊かさで幸福を計ることなく、支え合うしくみが出来上がり、心の豊かさで皆が幸福になる、そんな世の中になるはずです。

「開業と友と哲学との出会い」そして未来へ続く「私の夢」

  • 私の夢は、「正義の味方、月光仮面!」。そして、「ふんわりとやわらかで、何のこだわりも不足もなく、澄みきった張りきった心、これを持ちつづけている人」になることです。
  • 「お前がいて良かったよ」と、多くの人に囲まれながら使命を全うすることが、
  • 私の願いです。

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