心理学の理論と実践

●人生そぞろ歩き

6.心理学の理論と実践

心理学の理論と実践

1.学生時代 6.正法眼蔵の世界
2.非指示的傾聴カウンセリング 7.アサーションとの出会いとカウンセリング理論の広がり
3.マズローの欲求の段階説 8.リハビリに有効な理論と実践
4.リハビリとエリクソンの発達課題論に励まされる 9.トランスパーソナル心理学の戸惑い
5.東京セルフ研究会

1.学生時代

  • 昭和22年、それは旧制高校の一年に溯る。私のクラスは文科甲と言い、第一外国語が英語で、第二外国語をドイツ語としていた。隣のクラスは乙と言い、ドイツ語が第一だった。この外国語の時間以外は同じだった。中学時代の勉強科目になかったものは、ドイツ語と心理学だった。

  • 担任の永山先生は、心理学を受け持たれていたが、担当するクラス生徒の顔を覚える暇もなく懲罰的左遷人事で、他の学校に赴任された。私と心理学の出会いはそれで終わった。
  • 後任の哲学科教師が来ないまま、テキストを読み、クレッチマーの性格論に興味を覚えた程度であった。

2.非指示的傾聴カウンセリング

  • 心理学の理論と実践昭和28年、大学を卒業して鉱山会社に勤めた。
  • 赴任先の炭坑で「労務」に配属された。
  • 仕事の内容も分からないまま、労働争議が頻発していた時代である。

  • 前年の炭労100日争議で人心は荒れほうだいだった。多分、人と接触する機会の多い仕事だろうと思っていた。

  • たまたま、本屋の棚に目新しい「カウンセリング」と言う本があった。
  • 当時はアメリカから輸入されたばかりの最新知識だった。
  • 独身寮で読む内に、それがロジャースの「非指示的」なことを強調していたので、これでは強い説得が必要と考えられていた炭坑の労使関係の局面では役に立たない本、と決め込んでしまい込んだ。

  • やがて、300戸程度の、社宅団地の管理責任者―町長とよばれていたーに任命された。
  • 今思うとこの仕事は私の内心を深く耕してくれた。
  • 一言で言うと、社宅生活に伴なう一切の苦情―共同便所、ゴミ処理、共同炊事場、プライバシー不在の筒抜け住居から派生する一切の諸問題の受付であり、酒飲みの暴力や夫婦喧嘩の仲裁、家出した家族の捜索、借金相談や寸借詐欺の被害と加害、子供の育成相談まであった。

  • ここで、引揚者や戦災で都会を追われた人々と、裸で接触するようになった。
  • ここで私の中に眠っていた「非指示的傾聴」の姿勢が目覚めて、根気良く、多くのクレームを聞いては対処して上げた。怒鳴ったり、威張ったりする労務担当者が一般的な時代にあって、担当する住民から「良く話しを聞いてくれる町長」と評判は良かった反面、他社宅の町長からは「何でも、うん、うんと言うそうだが、それは困る。もっと毅然とした態度をとって欲しい」とクレームすら出てきた。このクレームに対しても私は「うん、うん」と聞き流す事にした。

3.マズローの欲求の段階説

  • 心理学の理論と実践昭和38年、担当していた石炭産業の閉山事業も終わり、幼い子供を抱えて未知の旭化成で再起を期して延岡に行った。

  • 驚いたことに、ここの工場では「勤労意欲の研究」と言う分野や、科学的管理法と称されるテーラーの集団の勤労意欲の研究に熱心であった。

  • 勤労係長会議の席上では、マズローの「欲求の段階説」が真剣に論議され、私も初めての学説に感動した。

  • 昭和40年、鈴鹿工場の事務課長になった私は、モラルダウンしていた工場の従業員の意識を高めるため、それまでの不安をあふる政策は一切止めて、安定に繋がる方策を次々に実施した。
  • 「安定して働ける展望を持つ」ことは従業員に安堵感と大きな生産力の向上、更に労使関係の安定に繋がった。
  • 私はマズローの学説を実地に検証することが出来たのであった。

4.リハビリとエリクソンの発達課題論に励まされる

  • 心理学の理論と実践昭和60年、障害者になって、何はさて置き「障害を受容する」と言うテーマに直面した私は、苦闘の末、上田敏先生の著作に「リハビリは前向きに生きることの『学習』つまり、発達課題の主体的解決による、人間としての進歩と言う高度の学習過程であることを見落とすと、障害の受容は、後ろ向きの『諦め』になる。」とあることを読んだ。
  • しかし、具体的にどのように理解すべきか、更に詰めねばならなかった。

  • NHKの放送テキストを皮切りに、河合先生や小口先生と心理学の参考書を尋ね読む内、エリクソンの「発達課題論」に遭遇したことは私のリハビリに決定的な影響を与えた。

  • 障害を得たまま、なすことも知らぬ半ば人生に背を向けていた私だったが、「私にも課題がある」との思いが心を奮い立たせた。

  • 更に、フランクルからは「人生の意味」という観点を考えさせた。
  • 神谷恵美子さんや、島崎敏樹先生からは、「生甲斐とか役割」が如何に大きいかを教えて貰った。だが、フロイドやユングの解説書からも、中途障害者が求める回答として「中年期の課題」を見つけた。

  • その頃、大田先生の「二生を生きた福沢諭吉」の話しを伺ったことが引き金になって障害の受容が生れ、新しい人生に向けて歩き出すことが出来た。

5.東京セルフ研究会

  • 一方で、私の卒業した九州大学では医学部に心身医療を始めて取り上げた池見教授の活動が注目されていたし、その影響を受けた「東京セルフ研究会」という市民研究会があった。たまたま、その幹事に「歩けた!手が動いた」を出版してくれた、友人がいた。
  • その研究会で私は始めて、不特定多数の聴衆の前に立って、私の闘病を語った。

  • その会の、その後の例会の都度、色々な講義に蒙を啓かれた。
  • 概ねそこでの講師は、心身医学の系譜に連なる研究の実践者だった。
  • その一人の平松園枝先生の著「自己治癒力の医学」、翻訳されたアサジョリーの「意志の働き」を熟読した。全体として、エリクソンを受け容れているグループだった。

6.正法眼蔵の世界

  • 心理学の理論と実践平行して、私は週に一度、朝日カルチャーセンターで、古田紹欽老師の「正法眼蔵講義」を理解できないまま、聞いていた。
  • そして、ある日、道元が「心」としたり「こころ」としていることに気付いた。

  • そして仏教のポイントに、「こころの働き」があり、潜在意識や深層意識と言う精神構造や動きを論じていることに驚愕した。

  • ユングが学問として取り上げた、前意識とか深い意識は、既に大乗仏教の経典編纂者は知っていたことだった。
  • 左手のお習字として「般若心経」を一字ずつ書く内に「空即是色 色足是空」の言葉が脳裏に焼きついた。

7.アサーションとの出会いとカウンセリング理論の広がり

  • 障害者の自立を目指して集まった片マヒ自立研究会の、ある日の席で、強い自己主張で会議をぶち壊す会員がいた。
  • たまたまそれを見た篠沢さんから「アサーションの勉強しませんか」と誘われた。
  • 東京セルフで、平木先生のアサーション講義が中止になっていたばかりだったので、直ぐ誘いに応じた。

  • 川崎に出かけ数人の方々と館先生の指導で平木先生の「アサーション」を勉強したが、その基本に人間の平等観があり、自分の感情を客観視することを改めて私の武器にした。

  • やがて館先生が多忙になったので、皆さんと自主的な勉強を進める内、「アダルトチルドレン」とか「トラウマ」が話題に上った。

  • 心理学の理論と実践これを学ぶ内「人の甘えと依存性」対「自律性と自立」をどのように対応させるのか、納得の出来ない違和感を感じた。私の少年時代の世代経験には、「この子は感情が豊かすぎて傷つき易いから鍛えなければ」と、傷つき易い心を鍛えることを両親から求められていたことが思い出された。

  • 電話相談にかかわる「共感」を読んで、非指示傾聴の、クライエント中心主義には、限界があることを感じた。私の体験によれば、「自分の誇り」とか「自己決定」という、自立性を失ってない人には効果があり自己修復も出来るが、これらを失っている人の場合には、精神的な根無し草になり、「ああでもない、こうでもない」が続き、カウンセリングの効果も「糠に釘」なのではないかと思えた。

  • こんな不完全燃焼を感じていた時に、国分康孝先生のラジオ放送大学を聞いて「これは本物」と喜び、図書館に駆けつけて、片端から著書を読んで行き、納得の行くものを得た。「論理療法」・「カウンセリングの原理」・「カウンセリング心理学入門」・「男性心理学」・「心を開いていきる」・「カウンセリング技法」・「イラショナルビリーフ」などである。

1.学生時代 6.正法眼蔵の世界
2.非指示的傾聴カウンセリング 7.アサーションとの出会いとカウンセリング理論の広がり
3.マズローの欲求の段階説 8.リハビリに有効な理論と実践
4.リハビリとエリクソンの発達課題論に励まされる 9.トランスパーソナル心理学の戸惑い
5.東京セルフ研究会

8.リハビリに有効な理論と実践

  • 大田仁史先生と手紙をやりとりする内に、自分自身の精神的なリハビリの経過を旨く説明して、多くの中途障害者のリハビリに役立てることが出来ないかと、考えた。
  • 障害を持つ人が再び立ち上がるには、肉体的条件の整備と平行して、その心理的立ち直りが大きいと思ったからである。他の人には伺い知れない、障害者の心奥深い所の動きを見詰めながら、これを説明できる心理学理論がないものか、と探した。

  • そこに、エリクソンに師事した広島大学の鑪(たたら)先生の論文が眼についた。
  • ついで、先生の門下生である、岡本祐子先生の「アイデンティティの発達」という著書に「中年期の挫折」研究があることを発見して貪り読んだ。

  • 彼女は、青年期にアイデンティティを確立しても、中年期には挫折を起こすことがあり、それにより再びモラトリアムの期間と、再度アイデンティティを確立して、その後の人生を生き生きと生きるというパターンを提示してくれた。これは障害者になった私が体験した、一連の流れを旨く説明してくれるものだった。早速、大田先生に報告しておいた。

  • 心理学の理論と実践私の体験から
    • ① エリクソンの発達課題論は、どんな人にも「課題」を提示
      • できる。
    • ② 島崎先生、神谷先生、フランクルの「生きる」「役割」「生
      • 甲斐」「人生の意味論」等は、どんな障害を持つ人にも、生きる喜び、生きる目的を与える。
    • ③ 中途障害者のリハビリは、心理的に見ると、アイデンテ
      • ィティの挫折であり、必要なモラトリアムの期間に、人生を再び考える時間的余裕を与える。アイデンティティを修復して再出発できるのである。
  • この精神的な活動と平行して、肉体のトレーニングを進める。移動能力を何処まで快復できたか、失った右手に替わる左手の能力を何処まで開花できたか、そして、何よりも大事なのは、リハビリは「社会性の回復」で終了し、それからは老化に伴なう衰退にどう取組むか、地域社会の活動にどう移行するかを考える。

  • 今にして顧みると、この時代に、多くの「心理学的知識」を手に入れていたが、これはあくまで「膜」に包まれて「私の記憶」に留まり、私の行動を支配する「心」に入り込まなかった。それは「心」の外に置かれ、言わば机の上の飾りに過ぎなかった。
  • 一方で障害者になり将来の見えぬ私は、自分のアイデンティティがズタズタになっていた。

  • 心理学の理論と実践そして、何とか立ち上がりたいと言う、強い願望と、ままならぬ現実との乖離が、大きな圧力になっていた。
  • そんな時、大田先生から、福沢諭吉の
  • 「一身を二生に生きた話」を聞く機会があった。
  • このお話は、混乱していた私の「心」を再編成する「方向を指示」してくれた。
  • 私は、福沢諭吉に見習って、「一身を二生に生きる」べく再編成することにした。
  • 途端にこの「膜」が破れ、色々な心理学的な知識や情報が、私のズタズタになっていたアイデンティティの中に溶け込んで、強い化学反応に似た変化を起こし始めた。
  • 自分に対する強い不満が圧力になって、化学重合のような変化が発生したものであろう。

  • これは多分、強い圧力のもとで、私の琴線に触れる言葉が精神的にショックを与え、私から隔てていた膜を引き裂き、中に詰まっていた新しい素材と在来の「私」の思想と混ぜ合わせたのであろう。それが新しい精神的な枠組みとして新しいアイデンティティを生み出したのではないだろうか。

  • ここには、強い願望という重合変化に必要な圧力があった。従来のアイデンティティという原料がバラバラにされており、新しい知識と重合し易い形になっていた。

  • しかし、ここで方向を規定する「変化の開始を指令」する「一身を二生に生きた福沢諭吉」がなければ、この精神の枠組みの変化は「暴走」して、人格的な破壊に至ったかも知れない。枠組みの変化が進行していくと、不用になった素材が次々に廃棄されて行く。
  • 「効率第一」とか「利益優先」とかの部分が、ぽろりぽろりちと外されて行った。
  • それは丁度、リストラ企業が時代に合わない部門を廃棄するのに似ていると思った。

9.トランスパーソナル心理学の戸惑い

  • 偶然に手にした、諸富先生のトランスパーソナル心理学を軽く読んで驚き、図書館で手に入るトランスパーソナル関連の本を読んだ。しみじみと、「先人の学問を継承しながら新しい発展を目指す」心理学の進歩、そして「誰の説も正しいが全体をカバーできない」という心理学の巾の広さと奥行きの深さに戸惑うのは宿命かも知れない。

  • 私自身は、若い時代のロジャーズが大きな影響を持ったが、旭化成の勤労業務ではより良い勤労意欲の問題として、マズローの欲求段階説が良く読まれた。
  • しかし私自身、自分に都合の良い読み方をしており、最終の「至高体験」など無関係のものとして遠くに追いやり、理解が可能なこの段階説を一段ずつ昇ることが、すべての人生の目的に思われた。

  • そしてマズローの至高体験は「神秘主義になった」と日本の学者が批判すると、「そうだな」とそれに同調して追求しなかった。だが、フロイトの時代から「心の奥にある神秘に包まれたもの」としていた部分はあったのである。

  • 不勉強な私は、アメリカが戦後の繁栄期から精神的な袋小路に入り込み、東洋思想にその解決を求めていたことは知らなかった。
  • マズローの継承者は、東洋的な思想に救いを求め、仏教や道教やヒンズー教等の東洋思想と、現代的な心理学を融合させたいとの壮大な試みをして「トランスパーソナル心理学」に挑戦していたのだった。
  • これは幾つかの点で私の心をとらまえ、幾つかの点で躊躇するものがあった。

  • 正法眼蔵の勉強を通じて、仏教が伝えようとしていた事、般若心経の「空即是色」「色即是空」の世界が、俄かに身近になってきた。

心理学の理論と実践

  • これまでは、口外すると「神がかり」として軽蔑される恐れのある体験が幾つか思い当たった。例えば、重傷のため担ぎ込まれた病院で隣室に隔離されていた妻の死を感じ、強く反応した友人がいた。分娩の朦朧とした意識で、可愛がってくれた亡き祖父に励まされたり、入院中に亡き両親から励まされたりしたことが思い出される。

  • 最近の科学進歩のお陰で多くの生命についての情報が齎された。
  • 太古に誕生した地球上の「生命」が進化して、複雑な生命体になり、より環境に強い生命体になるためには、過去の体験を複雑な防御機構として作り出している。

  • 新しい情報は新たな疑問を生み出してきた。西田哲学には「アプリオリ―先験的」という概念があった。私たちが、直接体験しないが、生命として体験したことであろうか。

  • 個体として、この世に存在する、その前のことは、暫く措いておきたい。もう暫く、情報を集めたいのである。

  • 心理学の理論と実践更に、フランクルの心理学も、改めて読み直す内、素晴らしいと思った。
  • 人の苦しみを癒して行くという強い意志が根底に伺えた。
  • これまで私は彼の説く「意味」を思い違いしていたことに気がついた。
  • 「意味を持たせるのは人生が私に求める仕事」なのである。その時に「自分を越えた声」に耳を傾ける、とするフランクルは、トランスパーソナルな部分を彼の理論に組み込んでいたことを発見する。次第に「自我を超えた部分」の問題が大きくなりそうである。
  • 残念なことに、私が理解できる限界は、多分、フランクルあたりだと思う。

  • 人間が、パーソナリティーを唯一の拠り所とせず、「自我」を越えた世界に淵源があるとすることは、「免疫」とか「遺伝情報」とかの形で、様々に「徴候」がある。しかし、大乗仏教が「アラヤシキ」として、「心」に踏み込んでいることを思うと、暫くは、この部分は宗教の側からのアプローチに委ねておきたい。

  • 平成11年12月16日

1.学生時代 6.正法眼蔵の世界
2.非指示的傾聴カウンセリング 7.アサーションとの出会いとカウンセリング理論の広がり
3.マズローの欲求の段階説 8.リハビリに有効な理論と実践
4.リハビリとエリクソンの発達課題論に励まされる 9.トランスパーソナル心理学の戸惑い
5.東京セルフ研究会

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