私が大事にしている言葉

●人生そぞろ歩き

3.私が大事にしている言葉

私が大事にしている言葉

平成12年10月11日

もくじ

1:念ずれば花開く 13:疲れたら休もう、友達もそれ…
2:求めよ、さらば与えられん 14:目に見えないものを信じよう
3:「いのちの旅」 15:ま、いいか!
4:人生に歳月を加えるだけでなく… 16:笑う門には福来る
5:人生の意味を人生は私達に… 17:挑戦と応戦
6:我事において後悔せず 18:独立自尊
7:生きるとは自分で意識し決断し… 19:ほどほどに 千里の道も一歩から
8:人間万事「塞翁馬」 20:「アンプリファイヤー」
9:心の平安は、欲望の充足によって… 21:「青春」サムウェル・ウルマン
10:太鼓の音に足のあわぬ者を… 22:障害と闘う共に
11:必要なことは、大きい意欲と… 23:貝原益軒に学ぶ
12:親しい仲間と生活の基盤をもつ…

LinkIcon私が大事にしている言葉(もくじ) TOP


←1:念ずれば花開く→

1.念ずれば花ひらく。

坂村真民

心の中にひたすら念ずれば、それにそった驚くほどおおくの情報がはいってきます。その情報を正しい目で判断して自分のリハビリにあうように活用してほしいと思います。とくに夜、眠るまえに頭の中を整理することは健康にとてもよいので、腹式呼吸と併用することを実行しています。退院した頃の私は、この坂村さんの句を口ずさみながら、「私にも花が咲く日があるだろうか」と思いながら、一歩一歩と歩く訓練をしていた毎日が懐かしく思いたされます。

この詩に励まされて私の人生が豊かになり、色んな花が開いてきたことを感謝しています。そして、「二度とない人生」の詩をはじめて聞いたとき、この余りにも当たり前の言葉、普通のことを表現しているにも拘わらず、私が強い衝撃を覚えたことに驚きました。きっと、健康で飛び回っていた私には、終点のある人生をどう生きるべきか、死とは何か、人間にとって本当に大事な問題と真剣にとりくんでいなかったことに気がついて、深く反省したのでした。

ですから、大きい病気をして「この生のつづきに死がある」ことを実感したり、手も足も動かない重度の障害を負ったときに、「どう生きればよいか」と考える機会が与えられたと思っています。
お陰で、この人生とどんなに取組むべきか、考えはじめることができたことに感謝しています。
私にとって病気は、生死を問い直す大事な人生の出来事になりました。さらに障害を得ることは、人生というものを深く考えるきっかけになりました。ありがたいことです。

「念ずれば花ひらく」私が大事にしている言葉

念ずれば花ひらく苦しい時母がいつも口にしていた この言葉わたしもいつのころからとなえるようになった。そうして そのたび わたしの花が ふしぎと ひとつ ひとつ ひらいていった。

「二度とない人生だから」 

二度とない人生だから 一輪の花にも 無限の愛を注いでゆこう。
一羽の鳥の声にも無心の耳を傾けていこう。
二度とない人生だから 一匹のコオロギでも 踏み殺さないように
心していこう。どんなにか 喜ぶことだろう。
二度とない人生だから 一ぺんでも多く 便りをしよう。
返事は必ず 書くことにしよう。
-以下略-


←2:求めよ、さらば与えられん→

2.求めよさらば与えられ

新約聖書

母は信仰のあつい人でした。その母から子供のときに「叩けよ、さらばひらかれん。求めよ、さらば与えられん」と聖書の言葉を教えられたものです。ても、子供心に「へぇー、そんな都合のよいことがあるのかなあ」と思っていました。その後いろんな危機的状況にであったとき、自分の希望や願望をあきらかにしていると、素晴らしく旨く行くことに気がつきました。それは自分の希望に応じて努力すべき道筋が見えてきたからなのです。

そして、不思議と、あちらこちらから支援の手がのびてきて、危機的な状況をのりこえることができたのです。障害者になってから、どう生きるべきかを勉強するうちに、仏教にも「仏のかたより行われる」という言葉があることを教えてもらいました。私が「こんなにならないかな、」と思うことが、向こうの方から実現を求めてやってくることもありました。考えてみても、自分の願や考え方をはっきりさせることは、どんなときにも重要なのですね。

リハビリでは、回復の状況にしたがって、手足の機能をもどしたり、自分の人間としての誇りを取りもどしたり、自分の新しい生き方など変わりますが、いずれにしても自分が欲しいものをはっきりすることは大事なことです。私の、びくともしなかった手がいつか動くようになり、車椅子だったのに杖を投げ捨てて歩くことが出来るようになり、左手で筆を握ったときに未知の能力に出会うことができたり、私の願望が一つずつ満たされて、やがてこんな物が一緒になって、生きて行く自信を取り戻すという大きいものにつながりました。

この経過は「歩けた!手がうごいた」と云う本にくわしく記しました。でもその時に、大田仁史先生は書評の標題に「その前に心が動いた」として書いてくださったのです。これには一瞬「あっ」と息を呑みました。剣道で真正面から「お面っ!」と一本とられて呆然としたことを思いがしたのです。本当にリハビリで努力できるのは、努力するように「心」が体に命令するからなのです。 しかし、「心」が「もうどうでも良い」と再起を望まねば、人は痛みに耐えた努力をしようとしません。痛みをのりこえて努力できるためには、何かよく解明されていない複雑な「心の働き」があるのでしょうね。

しかし、人間の心と体を別々なものとした考え方は、現代科学が作った大きな落とし穴のような気がいたします。ギリシャの哲学者アリストテレスも、鎌倉時代の道元も「心身は一つ」として考えていました。私もリハビリを通じて、障害のある心身と向きあって初めて感じたのは、この二つは互いに引っ張り合っていることでした。気持ちが動き、肉体がついていき、そして改善された肉体を見て、心は喜び、更に深くはげんでいった気がします。どうか私たちの「心」の働きがとても大事ということを気に留めておいてください。


←3:「いのちの旅」→

3.「いのちの旅」 私が大事にしている言葉
「葉っぱのフレディーいのちの旅」という童話があります。この物語の大すじは、「おおきな木の梢に近い、ふとい枝に生れた、一枚の葉フレディーが、短い生涯でも、おおくの仲間の葉っぱが同じでないことに気がつき、楽しい春から夏の季節を経て、木陰に憩う人に影を作ることができて、嬉しくなりました。

しかし、木枯らしがふき、霜がくると、みんな一気に紅葉してしまい、寒くなり、初雪がくるとみんな散ってしまいます。フレディーは、悲しくなりましたが、「引越しなのだよ」と教えられて安心しながら枝を離れます。そして今度は「木のいのち」を養う養分になることを思って眼をとじました。」、という短いお話です。
私が大事にしている言葉
二月の桜の木は、何もない枯れた枝にしか見えませんが、三月になると枝全体に「生気」が漲ってまいります。そして枝の内側からも艶が出て、うっすらと桃色がまじります。温かい四月になると、膨らんだ蕾が一気に美しい花を咲かの目を楽しませてくれるのです。その花が散ると、五月には緑したたる若葉が出てきて、一面の緑になってまいります。

そして、夏のあいだ、太陽の光から養分をとり木の根に貯え、10月になり木枯らしが吹くと、一斉に「葉っぱのフレディー君」と同じで、役目を終えた葉は、次々に枝を離れておちていきます。
そして、裸になった木は、一冬の間はじっくりと冬ごもりに入ります。何もない枯れ枝に見えても、その枝の芯までは枯れてはいないのです。表は枯れているように見えても、そこに「いのち」があるから、春になると素晴らしい花が咲くのです。

「いのち」がある限り、そこに、今は何もないようにみえても、生々発展する「いのち」のエネルギーがあるのです。障害を得て、何もできなくなったと思った私でしたが、リハビリのお陰で、私の「命」の中に、エネルギーが隠されていることを知りました。あなたの「命」にも、そんな隠されたエネルギーがありますから、是非、これを引き出して、新しい能力を見つけてください。
人の「こころ」は深く傷ついたとき、それが原因で「いのち」に気づきます。

この「葉っぱのフレディー」の考えは、これまでのヨーロッパにはなく、東洋思想にありました。
この「いのち」の不思議について、インドのタゴールという詩人は、みどり児の誕生を、「あなたは世界のいのちの流れをただよい下ってまいりました そして私の上にのりあげました」と、歌っています。いのち」は宇宙の中に限りなくただよっていて、それがお母さんにのりあげて子供が生れてくる、という宗教的な考えを歌っています。

現代の考え方には、物事を分析して、小さく分ける方法で成功してきました。でも「いのち」はもっと総合されたものの気がします。タゴールの詩を素直に受けとめ、宇宙から大きい「いのち」を分け与えられている「私の命」と思い、これを大事に生きたいと思っています。


←4:人生に歳月を加えるだけでなく…→

4.人生に歳月を加えるだけでなく、歳月に命を加えるように生きる。

ラスク博士

私は五十六才で病気をして障害者になりました。脳卒中になった人は平均すると五年しか生きないそうですが、幸いにして十五年がたち七十一才を迎えました。 今は一日一日がとても充実していて、毎日、やりたいことが山ほどあります。何といってもその一つは、障害を得たという体験を元にした仕事です。「リハビリで私はこんな失敗をした、こんな成功をした、」という体験を報告する講演会を年に十回ほど行います。

さらに障害者の自立を目ざす有志の仲間と一緒に、自分がかかえる課題や、周囲に働きかけるテーマを議論する会合を、年に6回開きます。これらを整理して、情報の形で発信する仕事があります。1歩ふみこんで、リハビリの意味を考えて、次の世代のリハビリに役立ててもらうためには、放送大学や参考書とか、カウンセリングの勉強仲間と一緒に勉強しました。その成果は大田先生の「おはからい」で、共著として新しい本を出版できることになりました。

二つ目は、自信を回復させるきっかけになった、お習字や仏教思想やカウンセリングの勉強をつづけることです。お習字は毎週一度、師匠に指導してもらい、毎月一度は作品を提出します。年に一度の書展には参加することを生活の軸にしています。正法眼蔵の講義は、先生が高齢になられたので終了しましたが、月に一度は鎌倉に老師をお訪ねして仏教思想にふれています。カウンセリングの勉強会は川崎のお世話役のご尽力で行ける所まで行きます。

三つ目は、高齢社会を迎えるので、障害者の体験を生かして、高齢者も安心して住める、バリアフリーの町作りをしたいと思っています。そのため、地域社会の自治会の活動に積極的に参加しております。年寄りはひっこめという見方もありますが、まだ年寄りとは思っていません。地域社会を住み易い街にしておかないと、困るのは子供たちであり孫たちなのです。

次の世代に対してもつ、私たち世代の責任だと思い、地域社会の有志皆さんと力をあわせています。
年寄りなるが故に、思い切って発言ができることもあります。発言をしないで、後で不平をいうような、そんな生き方が許されるほど若くはありません。定年になってみると、やることがなくて退屈する、と聞きますが、障害者になったお陰で私に退屈はありません。ラスク博士のいわれた「歳月に光をあてる」とは、こんな生き方かな、と思っています。発達課題という切り口で人生を眺めたとき、若い時には、子育てに精一杯でした。

そしてようやく、自分自身を充実させる気持ちや時間のゆとりが生れ、いろいろと社会の役に立つことに積極的に参画できることに気がついたのです。しかも、この活動には障害を受けた体験がお役に立つのですから、人生には無駄はないものだと、しみじみ思わせる今日このごろです。

私が大事にしている言葉


←5:人生の意味を人生は私達に…→

5.人生の意味を人生は私達に問い掛ける。答えるのは私である。

フランクル

心理学者のフランクルはナチスの手で強制収容所にいれられて、恐怖、飢え、絶望、強制労働、病気、死、と同居していました。その心理学者の目が死と隣りあわせの収容所でとらまえたのは、「生きる意味をもつことの重要さ」でした。収容所という、自由を奪われた世界の中でも、自分の生きる意味をもちつづけた人は、さまざまな苦難に耐えて生きぬいたけれど、これを一旦失った人は、辛い環境に耐えられなくなり、次々に死んでいくことに気がついたそうです。

自分を含めたこの収容所の中での観察から、彼は戦後、独自の特色のある心理学理論を組み立てたのでした。私の個人的な体験でも、戦中戦後のひどく厳しい時代に、生きる意味をしっかり持っている人は強く生きて行かれることを見てきました。別れた家族と再会するまで必死に生き延びた話しも聞きました。自分の人生に深い意味を見出したヘレンケラーが、おおくのハンディをのりこえて素晴らしい人生を送った話しなどもきいて「なるほど」と思ったものでした。

私が障害者になったとき、どんなに生きたらよいのか、皆目、見当もつきませんでした。迷いながらリハビリの道を歩きましたが、「どちらかな?」と悩むことが多かったのです。例え話で表現すると、そこにある地蔵様が「こっちだよ」と示してくれるように、私に正しいが厳しい方向を教えてくれました。本当にたくさんの、お地蔵さんにも似た方々に適切な指示をいただきました。元気な、個性のある老人になることができたのも、そのおかげと思っています。

私が元気になってみると、一人でも二人でも、障害に苦しんでいる方々に元気になって欲しいと思うようになりました。私が無駄な骨折りをしながら行き着いた所も、上手くやれば、もっと近道があるのではないか、もっと楽しくやれる方法があるのではないか、こんなものを整理して、大勢の方の参考にしてあげることができたらいいな、と思っています。リハビリは新しい生き方を見つけることです。

元気であった頃、「身につけていた自分」の他に、障害をもっている「新しい自分」ができたのです。この二つが別々の人格であっては困ります。この二つを一人の、「新しい自分」として統合させる工夫の旅なのです。障害は短期的には残りますので、とにかく、残された手足を訓練しなければなりません。障害のある手足は、ほっておくと、「廃用症候群」になりますから「いきいきヘルス体操」は是非覚えて毎日忘れないでやってください。

テーマは一人一人の人で違いますが、誰にでも、自分の生きる意味があります。
その意味を自覚してリハビリと取組んでください。自分の人生で出会ったこの障害のお陰で、私は狭い価値観の世界から抜けだすことができました。リハビリとはこんな新しいプレゼントをつけて、新しい生き方を求めることができる、素晴らしい体験にもなるのです。

私が大事にしている言葉


←6:我事において後悔せず→

6.我事において後悔せず。

宮本武蔵

これは、一介の武芸者すぎなかった宮本武蔵が、剣聖といわれるまでに修行したのち、「五輪の書」に書かれた、完成された人格をあらわした言葉です。自分の過去の行動を反省して、「あれは間違いだった」と後悔するようでは、本当の自分に出あえないからです。自分が一旦決意して、なしたことを、失敗したと後悔するようでは、そのときに、全力をつくして考え、努力して行動した自分を否認することになってしまうからです。

誤った自分も自分である以上、それを含め自分の全部を肯定し、ひきうけるのが、自分に忠実に生きることになるのです。スタンダールは、「それとも、あなたは決心したときよりも、今の方が悧巧になったと信じるのか」、と問いかけをしています。そういえばスタンダールが描く作品には、自分に忠実に生きる人が主人公になって活躍していて、私は羨ましいと思いました。

考えてみると私も病気をしたあとで、ある席で「森山さん、病気をしたことで後悔したでしょう」と、問われたことがありました。そのとき、ゆっくり考える暇がありませんでしたが、「いいえ、私は精一杯に、その時代その時代を生きて、いろんなものと戦ってきました。そして病気になったのですから後悔などはしていません。」と答えました。少々肩に力が入っていたのかもしれません。でも、この言葉に出あって、「やはりそうなんだ」と思った次第です。

リハビリには、この「後悔する気持ち」が大敵だと思っています。後悔する気分では気持ちが前に向きません。後ろへ後ろへと、ひきさがってしまいます。「また、失敗するかも知れない」と思うだけで、縮んでしまうからです。反省は必要ですが後悔は役に立ちません。だから、後悔などしないことです。そんな時間があれば、明日の予定を、来月の計画を考えましょう。これからも、後悔しないですむ人生が送れたら、素晴らしい人生になると思っています。

よくにた意味の言葉に「武士道とは死ぬことと見つけたり」という「葉隠」の言葉があります。
鍋島藩が家臣の精神を教育するために編纂したものです。その「葉隠」の中でも、この言葉はとくに軍部に利用されたので、長らく誤解をうける原因になりました。これは、「何事にも死ぬ気でやれ」という意味です。

私が大事にしている言葉

いい加減な気持ちではなく、真剣に取組めという教えには、千利休の「一期一会」が有名で、人生ただ一度の出会いを大事にすることをお茶の精神にしていました。禅の世界が、「今、ここ」を大事にすることにも通じています。

ヨーロッパの「実存哲学」も「今、ここ」を大事にしています。我、事において後悔せずといいきるには、「今」という時と、「ここ」という場所の制約の中で、一生懸命に生きることなのです。障害があれば、それを自分の個性と考え、「いま、ここ」を真剣に生きる工夫をすることが、リハビリの大事な心構えになると思います。


←7:生きるとは自分で意識し決断し…→

7.生きるとは自分で意識し決断し行動しその結果を自ら受けて立つ度胸を持つこと。

心理学者 国分康孝

心理学者の国分先生は、カウンセリングの実践を通じて、人間は自分をしっかり確立していることが必要だと結論を持たれました。フランスから日本の宗教被害者の心理治療に来日した、カウンセラーのパスカルさんは、多くの日本人クライエントと接して、「日本人は、自分で考え、結論を出し、行動する習慣が乏しい」と、感想を述べていました。
私が大事にしている言葉
確かに、私の人生を振り返ってみても、物心ついて以来、小学生の頃、中学生の頃は戦争の最中で必死に生きることを考えていました。人と違った生き方を自分で考える余地がありませんでした。たった一つの結論、立った一つの行動しか私たちの前にはなかったのです。戦がすんで、ほっとして、ようやく自分の進路を決めて大学を出ても、大変な就職難でしたが、自分で考えて行動ができる時代でした。とはいっても、貧しい時代でしたから、「パンを得るため」に必死になって日本の産業の基幹である、鉱山会社に就職しました。

しかし、誇りをもって仕事ができたのは僅かで、政府がエネルギー政策を転換したために、激しい合理化と、それに抵抗する労働組合の間にあって、家族を連れて生きていくことが、これほど大変なことかと思いしらされました。でも、家族に対する責任もあります、自分の可能性を発揮したい欲求もありました。

家族をつれて安全な所を求めて、必死の思いで転職先を探しました。その新しい会社では、企業文化の違いに戸惑いながら、中途入社という、冷たい目に耐え、挫折する人もありましたが、人生とは失敗しても誰にも苦情が言えない、一回きりの旅なのだ、ということを自分にいい聞かせてきりぬけました。

よくて当たり前、間違えば世捨て人になる、それが人生なのだと考えると、しみじみ人生とは、生き抜くための戦いの連続だったなと思います。もし、他人が考え、その他人の指図で人生を歩ると、苦しいときに、「これはあの人のせいだ」と、他人に責任を転嫁したことでしょう。しかし、自分で決断した結果であれば、必死になって成功するように努力します。そして、運悪く失敗しても、自分の決めたことですから、どこで失敗したかを反省します。

そして、次に成功するためにはどうすればよいか、充分対策を考えます。よ良いも悪いも、この人生は他人の人生ではありません。私の人生であり、又、私だけの人生なのです。そして、リハビリとは、その、あなただけの人生を考え、行動し、その結果は丸まる自分で受け取る、本当の人生を考えるまたとない機会になるのです。そんなリハビリですから、皆さんの工夫で、うんと、みのり多いリハビリにしていきましょう。


←8:人間万事「塞翁馬」→

8.人間万事 「塞翁(さいおう)馬(うま)」

淮 南子

中国の漢時代に作られた「淮南子」という本の中にとりあげられた説話です。「馬を盗まれた老人が見舞いの人に、でも悪いことばかりじゃない、と答えました。その馬が沢山の連れを連れて帰ったので大資産家になりました。お祝いの人に、でもよいことばかりじゃない、と答えた。その馬にのって息子が落馬して怪我をしました。

でも、そのために兵隊にとられて戦場で死なずにすんだ。」という説話なのです。決して一時の幸不幸で、ばたばた喜んだり悲しんだりしてはいけないという寓意と解釈されています。これとよく似た言葉に、「禍を転じて福となす」とか「禍福はあざなえる縄のごとし」という諺があります。そしてどれも、一時的な難局をのりこえれば、又、新しい時代が期待できると、励ましてくれる言葉なのです。

手や足の訓練にとりくむとき、私の胸の中には、いつもこんな言葉があったのです。私は、突然動かなくなった手足を見つめて、何から手を付ければよいか分かりませんでした。右手が使えない私なので、私は何もできない人間になったという自覚は、辛いものでした。私の悲しみは、私と運命を共にしてきた妻の悲しみでもあり、二人の娘の一大事だったことでしょう。

私は、自分の自己実現の欲求を満たす可能性のためにも、私が責任をもつ最愛の家族の幸せのためにも、左手の能力を何としてでもひき出したかったのです。そんな私にも、どこかに何かの可能性がないだろうか、不器用だったけれど、何かできるのではないかと、いつも探していました。リハビリ教室では、保健婦さんの工夫で、いろんな可能性に取組みました。その中の一つに、お習字がありました。

私の左手にも筆を握らせると、お習字の字が書けることを知ったのです。そして訓練の末、左手に未知の能力を発見しました。左手にしてみれば、突然、訪れた機会と思ったのか、右手の代わりをするなど、驚いたに違いありません。でも、人によっては、「そんなこと、できません」と、旨く行かないケースもあるでしょう。でも、何とか、強く、粘り強く説得してください。「僕には君しかいないんだ」、「君は僕のいのちなんだ」、「君がいなければ生きて行けないんだ」と、演歌ではありませんが、必死に左手に新しい役割を説得してください。

そこで気がついたことは、右手が使える間は、左手の能力は芽を出しません。芽を出すために必要な、温度とか、水、光に相当するものが「役割を期待する」ことなのです。好ましくない出来事がおきてはじめて、新しい能力を開発する準備ができるのでしょう。予想もしない能力が生まれてきます。私が障害者にならねば、魅力に富んだ能力を見つけたり、真の夫婦の幸福が味わえ、豊かな世界を生きている実感を得ることは、できなかったでしょう。

私が大事にしている言葉


←9:心の平安は、欲望の充足によって…→

9.心の平安は、欲望の充足によってではなく、そんな欲望を捨てることで得られる。

トルストイ

私は「小欲(しょうよく)知(ち)足(そく)」という言葉を、仏教思想の勉強仲間に教えてもらい、「これはいい言葉だ」と思いました。所が、トルストイも同じ趣旨をいっていることを読み、トルストイが禅に出会ったのかと驚きました。でも、敬謙なキリスト教とだった彼が、仏教思想の影響をうける機会はなかったと思います。トルストイは自分で思索を深めて、この境地にたっしたのでしょう。

このことは、洋の東西をとわず、欲望というものは際限なく広がり、決して満足することがないために、これには歯止めが必要であるという「真理」に辿りついたからだと思います。中国の老子の教えにも同じ言葉があります。戦争中は、耐乏生活を強制されていた上に、安全や健康という人間の基本的な欲求すらみたされない日々でした。それが一転して、戦後の経済発展の過程ではまったく正反対の、「浪費は美徳」こんなキャッチフレが、テレビやラジオで流されて、国民をその気にしてしまいました。

戦後の食べものが満たされてくると、怒涛がおしよせてくるように、欲望を高める宣伝が、私たち日本国民に、たえず「もっとほしい、まだたりない、あれもほしい、これもほしい」という、欲求不満の状態におかれることになりました。それが大量生産の技術と産業を繁栄させて「つかい捨て」の習慣が定着しました。大量生産した物資を運ぶ輸送のシステムが行きづまりました。道路は公害慰問題の別名になっています。

大量に作られた物資は、大量の「ゴミ」の発生になり、収集と処理・処分のシステムがマヒしてきました。「何か変だよ」、と首をかしげながら自分の欲望に悩まされているのが今の生活です。豊かな食べものに囲まれ、高カロリー食になれ、便利な自動車をのり回して運動不足が当たり前になり、新幹線と飛行機で飛び回りストレスが溜まる一方の社会では、成人病がごく普通の国民病になってきています。

そんな影響からでしょうか。子供は、足が地についた自分の将来が考えられません。宗教や道徳のタブーによって、行動の規制をしなかった日本社会では、欲求不満から殺人すら平気で行う時代です。20世紀は、世界的な規模でいろんな欲望と欲望とが向きあって、それが資源の争奪を廻って2回の世界大戦になりました。

民族の政治的独立を求める地域紛争は各地で続発し、宗教に根差す文化的対立ははてしなくつづき、人間が人間との争う種はつきません。行きづまった浪費社会があれば貧困に悩む社会もあります。二十一世紀は、世界のすべての人がトルストイの教訓に今一度耳を傾けて、私もあなたも、足元を見つめて人生とは何かを問い、いかに生きるかを見直す必要がある時期ではないでしょうか。


←10:太鼓の音に足のあわぬ者を…→

10.太鼓の音に足のあわぬ者をとがめるな。その人は、別の太鼓に聞き入っているのかも知れない。

ソロー 

日本文化の特質の一つは、大陸から孤立しているために、新しい文化はゆっくりとしか入らないので、次第に均一になってきたことにあります。それがまた、日本の文化には多様性が欠けていることだといわれる理由と思います。「したがって、他の人と違うことは「異端」とされて嫌われ、同じであることに安心をしていました。
私が大事にしている言葉
ところが、ヨーロッパのような陸続きの世界では、異なる文化の持ち主が出入りしていました。多文化社会では、自分の意見が他の人と違っているとき、自分の主張をすることが当然とされたのに、日本では、そんな自己主張をせず、多数の意見に従っていくのが美徳とされた社会でした。

そこには「長いものには巻かれろ」とか「出る杭は打たれる」とかの諺が育つ風土も生れました。私もそんな日本の風土で育った一人なので、この言葉に出会って大きく驚きました。しかし、個人が自我を確立すれば、当然、そこには多様性のある自我と自我が対立し、やがて共存を図る世界が生れてきます。調べてみると、この「個・自我」が確立した人が基盤となって、西欧の宗教・文化が生れています。

ですから、「カウンセリング」も基本は、最後は自分が考えて意志を決定し、その意志で行動することなのです。カウンセリングを成功させるために、「アサーション」という、穏やかな自己主張の領域を研究する立場も生れておることを知りました。この、ソローの言葉を知って、「何故か?」という自問自答がありました。何故なら、私から見てそれが、間違っているのではないかと思う時に、「それはよくないよ」と、注意をするのが親切ではないかと思ったからです。

それを注意しないのは「むしろ不親切ではないか」とか、「間違っていると思えば正さなければ」という考え方もあったからです。しかし、人間がそれぞれ自分の個性をもち、お互いにそれを尊重する社会にあっては、ソローの言葉は「なるほど」と思いました。そんなに思うと同時に、他人の行動が苦にならなくなったのです。「あの人はあの人の考えがあって行動しているのだろう」と、私と異なる考え方で行動することがあることを、それとして認めていくことが出来るようになったのです。

日本と違って、「自我」の確立という精神文化が基調にある社会で育った考え方なので、優劣をつける問題ではありません。自分と違った考え方をみとめあう精神なのです。本人の考えを大事にしたいと思います。リハビリのあり方を勉強してみて、ようやく分かったのは、西欧のリハビリ思想は、あくまで「個人」の問題なのです。その「個人」の問題をどうやって解決していくか、の過程なのです。私は敢えて、リハビリをするには、この「個・自我」を大事にする立場が必要と思っています。


←11:必要なことは、大きい意欲と…→

11.必要なことは、大きな意欲と、それをやり遂げる技能と根気である

ゲーテ

ゲーテは私が青年時代、「あこがれ」の的のような理想の偉人でした。天才にありがちな、異端者ではなく、現実的な着実なワイマール国の総理大臣でありながら、ナポレオンを夢中にさせた「若きウェルテルの悩み」を書く、」時代の先駆者的な流行作家でした。特に、高齢になってからも、絶えず「恋」の多い艶福の人生を送ったロマンチストだったことは、日本では珍しい存在だったからでしょう。

電力事情の悪い私の学生時代には、毎夜、送電が中断されましたが、そんな折、寄宿舎の庭に出てグランドに寝ころがり、夜空に広がる煌く星座を眺めて、あれこれと想うことがありました。
その星座の煌き、星座の広がり、そんなものを眺めて、憧れのゲーテを星座にしてみると、どんな立派な星座になるのだろうか、と想ったものです。

その、憧れのゲーテの言葉であるのに、何と平凡なことかと、がっかりしました。私たちが悩むのは、どうしたら大きい「意欲」を持てるのだろうか、ということだったからです。でも、やっぱり「意欲をもつ」という問題は、もっともっと、幅広い研究が必要なのかも知れません。次の言葉はもっと難しいかも知れません。「やり遂げる技能」とは一体どんな技能でしょうか。この技能には複雑な能力が含まれるでしょう。

1つのことを最後までやりぬく意志もあるでしょう。遣り抜くために周囲で協力してくれる人との対人関係能力もあるでしょう。何よりも、新しいことを創造する能力とか、物事を進める手順のような、形に表れていない能力が必要かもしれません。いよいよ最後の「根気」となると、これは脱帽するしかありません。食ベ物の違いで日本人にはヨーロッパの人のような粘りはないのです。

でも、考え直してみました。私は何もゲーテみたいに、世界の人を相手に歴史に残る仕事ができるほど、うぬぼれはありません。私にできることがあるのに、怠けてそれをしないというのではなく、もし私にもできることがあれば、それをすることが社会の役に立つと私が思えば、どんなちっぽけな仕事でも、たとえ人が見ていようと、いまいと、すこしずつ完成させていきます。

はじめは小さな家族の中で協力してもらって、写真集を作りました。次に渋谷で個展を開きました。「歩けた!手が動いた」を出版、毎年、十ヶ所以上の講演会も続けて、今度は「心が動いた」を出版します。自立研究会の仲間との勉強会も四十回になりました。小さな仕事も続けていくとが大事なのです。

はじめの低い基準を「クリアー」したら今度は少し基準を高くしましょう。私にも可能性があと思ったら自分の能力に応じて、自分に「できる程度」の目標を考えて、それを達成することが大事なのだろうと思いました。家族のサポートと本人の健康がすべての前提であることを決して忘れないでください。

もくじ

1:念ずれば花開く 13:疲れたら休もう、友達もそれ…
2:求めよ、さらば与えられん 14:目に見えないものを信じよう
3:「いのちの旅」 15:ま、いいか!
4:人生に歳月を加えるだけでなく… 16:笑う門には福来る
5:人生の意味を人生は私達に… 17:挑戦と応戦
6:我事において後悔せず 18:独立自尊
7:生きるとは自分で意識し決断し… 19:ほどほどに 千里の道も一歩から
8:人間万事「塞翁馬」 20:「アンプリファイヤー」
9:心の平安は、欲望の充足によって… 21:「青春」サムウェル・ウルマン
10:太鼓の音に足のあわぬ者を… 22:障害と闘う共に
11:必要なことは、大きい意欲と… 23:貝原益軒に学ぶ
12:親しい仲間と生活の基盤をもつ…

LinkIcon私が大事にしている言葉(もくじ) TOP


←12:親しい仲間と生活の基盤をもつ…→

12.親しい仲間と生活の基盤を持つことで「居甲斐」が生れ、その仲間と一緒に目標を掲げそれに向かって進む時「生甲斐」をかんじる。

島崎敏樹

島崎先生は、私たちにも分かり易いように、難しい精神医学の話題を提供してくださった先生です。
それらの著作の中に、「生きるとは何か」という不滅の名著があります。私がリハビリの初期に、主治医に読むことを勧められて、一気に読みました。読んだ後、改めて理解を深めるため、サブノートをワープロでとりながら繰り返し読みました。その中で、人間の「行き甲斐」とか「居甲斐」を説明してくれました。

この本を読んで、改めて私が長い人生を、「つれあい」といわれる妻と、互いを「戦友」として、共に戦い共に笑い、共に慰めあって来たことに思いを致しました。人間には家の中にも、それぞれ夫婦の定まった「居場所」と役割があります。私も結婚していらい、沢山のテーマが夫婦の前に現れてきました。
私が大事にしている言葉
夫婦は他人同士が生涯を誓い合って協力しながら新しい家庭を作り上げる歩みですから、人生におけるパートナーであり、最良の友人であり、最高の戦友なのです。貧しい時代に子供の成長を迎える問題があります。中年になるとお互いの健康問題が表面化します。

経済情勢の変化に応じて、職業に伴う問題が生れて参ります。それらの問題の、一つ一つを解決して行き、その度に「やったーっ」と手を取り合って喜び合い、しみじみと「生甲斐」を感じ、お互いの信頼が一段と高まるのです。この「つれあい」が障害を得た場合を考えると大変です。それは、そんな大事なパートナーであっても、その障害に伴う痛みを正しく伝えることができないのです。

パートナーが痛いというのを、どんなに痛むのかなと、想像して見守るしかありません。この痛みは、同じ痛みを持つ、同病者の方が分かり合える部分が多いのです。だからその同病者の中に居ると、心が休まるのです。つまり、リハビリという人生のステージでは、同病の方があなたの大事な仲間になるのです。これらの人々は夫婦ではないのに、痛みが共感できる、大事な人です。

そしてこの仲間は、一緒に回復の目標を立てたり、その努力を励まし、「生甲斐」を求めることのできる大事な仲間になります。この仲間とは、やがて「分離」という「成長のステップ」に差し掛かります。この「分離」は、子供が成長する過程で、母親の膝から別れ、父親の家から巣立つように、成長が続く限り私たちに迫ります。

この「分離」の意味は、分離に失敗して独り立ちができない、大人になれない人を見ると、よく分かります。この仲間同士の協力で、一つの問題に挑戦したら、又次の問題に挑戦するために、ふさわしい、別の仲間を求めねばなりません。


←13:疲れたら休もう、友達もそれ…→

13.疲れたら休もう、友達もそれほど遠くに行っていない。

リハビリを進める時に、障害があっても自分に出来るものに出会ったりすると、一生懸命になります。好きこそ物の上手なれ、の喩の通り、次第に工夫して自信も生れてくるものです。リハビリの最中に、気をつけねばならないことの一つは、私たちの価値観の中には、休むことは罪悪のように感じる部分があることです。戦争中は「月月火水木金金」をスローガンにしてわき目もふらずに働き、戦後は廃虚の中で食べる物も食べずに社会の再建をしてきました。

病気になって始めて人間には、休むことの大事さを知ったのです。キリスト教の「天地創造」という物語は良く知られています。この「創造」の神様は昼間しか働かないのです。そして七日目になると休み、ゆっくりと思索の時間をとります。こんな形で労働をすることの間に、きちんと休息をとることが、文化の基本になっている世界があることは深く考えさせられます。

私たちが取組むリハビリは、決して焦っては行けない種類の仕事なのです。働いて歪んだ心身を「ゆるりゆるり」と是正する過程ですから、「右向けっ、右っ」と号令を掛けて済む簡単な仕事ではありません。外国には、こんな私達を戒める「アスタマニアーナ」とか、「ポーレ、ポーレ」とかいう言葉もあります。けっして「焦らない」ことを心に固く止め置いて、その代わり休まないで、根気よく続けてください。

日本にも「喫茶去」という禅で使われる言葉がありました。「まぁー、お茶を一服召し上がれ」、という至極軽い意味だそうです。でもこれは、修行の最中にある人が必死になって思いつめても、最後の壁が突き破れない時に出された救いの言葉と思います。お釈迦様だって、難行苦行の末に、一椀の乳に翻然と悟ったといわれています。リハビリは、仲々か目標が見えてこない、一本調子で回復しない、早く良くならないと会社に迷惑がかかる、そんなにして、私たちは良く追いつめられた気持ちになることがあります。
私が大事にしている言葉そんな時には、幾ら考えてももがいても、まず、良い知恵は浮かびません。そんな時、ふーっと気を抜いて、「忙中閑あり」とばかりに、一杯のお茶を飲むことをお勧めします。珍しい菓子でもあれば、見よう見まねで、手前勝手流で抹茶を飲むことも良いでしょう。

左手だけでは、茶せんで「さらさら」とは行きませんから、夫婦の憩いの一時にしても良いでしょう。
その一服の茶を飲みながら、窓の外に小鳥の影が動いたりすると、いつか季節の移ろいを木の葉に感じ、自分も新しい生き方を模索していることに気がつきます。

そして、「さて、何を悩んでいたっけ」と、問題の本質が浮かび上がって参ります。時には「なーんだ、そんなことに悩んでいたのか」と、一寸した自分の気持ちの持ち方で解決する場合もあります。良く「工夫」という言葉を使いますが、リハビリでは将に「心の持ち方を工夫」することが、私達にとても大事なことに思えるのです。


←14:目に見えないものを信じよう→

14.目に見えないものを信じよう

私たちは、目に見え、手に触れ、耳に聞こえるものは信じますが、見えないもの、手に触れないもの、耳に聞こえないものは、架空のものとして信じないよう教育をされてきました。でも、昼間の空には星影は見えませんが、太陽が沈むと途端に星の煌きが満天を飾ります。目に見えなかったに過ぎません。誰も「重力」を見た人はありませんが、ニュートンがリンゴが落ちるのを見て、万有引力の存在を証明してくれました。

だから見えないからと言って「重力」の存在を否定する人は居ません。その「重力」と同じように人間の特性として「信頼」とか「希望」とか「意志」とか「忠誠」とか「愛」というものがあります。これらはどれも、目に見ることが出来ませんが、その存在を否定する人は居ません。そしてこれらは人格と言うものを形作る大きな要素になります。リハビリを通じて感じることは、そのどれもがだいじなのですが、とりわけ、「愛」と言われる強く引き合う力は、辛いことに耐えていける原動力になります。

これをエリクソンは「他者に与えてもへらないもの」と定義しています。自分と周囲とを、引き付け合う、一種の引力みたいな力かなと思います。「重力」が万遍なく引き合うのに対して、この「愛」は特定の「人」「物」にしか作用しない特質を持っています。でもこれまでは日本語では言い表すのが難しく適当な言葉が見つからないと思っていました。ところが、外国生活の体験の長い方から「リハビリは愛ですね」と語られると、「うん、そうですね」と答えました。

なかなかしっくりした言葉がないと思っていましたが、「愛」が一番ふさわしい言葉とおもいます。「惚れた」とか「好きだ」とかいうのでなく、もっと純粋な感情の「愛」なのです。これを老師にお話したら、「それは仏教の慈悲に近い」と言われました。リハビリの過程では「愛」がなければ耐えられない痛みや心の辛さと向き合わねばなりません。反対に周囲の「愛」があって始めて実現できることもあります。

まず、パートナーとの関係、夫婦の間に「愛」があります。お互いに自分の人生を相手に賭けて生きてきた二人の関係には、何人も間に入れない深い結びつきがあります。相互に欠かせない人格を形作っています。次に子供は産んでくれと頼まれて生んだのではありません。一人前の人に育てる責務があります。自分の分身であり、自分の命の延長なのです。更に、自分自身の中には、沢山実現したい望みが山積しています。

この自己実現の欲求は強い力を持っています。「リハビリは愛」であり、その「愛」に応える行動でもあります。「こんな私の事を悲しんでいる」という気づきが生き方を変えた刑を幾度か伺いました。愛されていることに気がつかない場合もあるでしょう。早く気づいて欲しいものです。

私が大事にしている言葉


←15:ま、いいか!→

15.ま、良いか!

最近、一番気に入った言葉がこの「ま、いいか」と言う言葉です。これは満足の行く完全な結果がないときに、それでも、いいじゃないか、という、一つの自己肯定だからです。まだ不十分なことは分かります。もっと努力しておれば、より満足度の高い成果か゛得られたかも知れません。だが同時に、幸運に導かれてこの成果が手に出来たことを考えねばにりません。一つは障害がありながらも健康に来れたこと、一つには不自由な体に拘わらず、協力してくれた多くの力があったからです。

先日、東京タワーの建設記録をテレビで見ましたが、設計と組み立てという事業では、寸分の違いも許されないことを知り驚きました。小さな誤差があると仕上がりが出来ません。こんな構造物には曖昧さとか、不確実さは、事業にとって大敵なのですね。しかし、リハビリのように、「人の心」に関わる世界では一寸違う気がします。昔から、この「心」の問題を解決するのは、辛い修行によって「悟」という境地に達することが求められたのでした。

卒琢同時とは、温められた卵の殻を破るには、中にいる雛が一生懸命に打ち破る努力をしますが、なかなか破れないときに、その様子を見て親鳥が嘴で固い殻に傷をつけて、破れ易くします。この両方の努力が合わさって始めて成功する状況をいいます。障害を持ちながら、どう生きるかを考えていたときに、色んな方から様々なことを教えていただき、「これでいい」と思うことが何度もありました。

しかし、年も70才になり、敬老会に呼ばれる立場になると、少しずつ歩くことも、しんどくなり、何となくわびしい気がいたします。誰でも、好きとか嫌いに関係なく、時が経って人は老いて行きます。そしてエリクソンは、老人には老人としての課題があると主張しています。つまり老人になったら、人生の統合、様々なアイデンティティを一つの、統一された「自分」の中に包み込む仕事があります。

私は改めて、障害を持つ老人として、自分のアイデンティティを統合すべき課題と、真剣に対する立場になりました。考えてみると人間には、若い時には若いときの問題が、そして、年を取ったら年をとったときの問題が、自分の年齢という縦軸に応じて考えねばならない課題がある訳です。構音障害があり、右マヒがある状態では、若い元気な時のように、体力に任せて仕事をすることは出来ません。

新しい方式を求めねばなりません。いっそう、のろ間になり不正確になります。いつも、不十分な結果に満足することが求められるのです。私にはその時その時を、最善を尽して生きることしか許されません。その結果が出た時に、それがどうであろうと、「ま、良いか!」と一服して自分の生き方を褒めるのも、老人の一つの生き方なのかと思っています。


←16:笑う門には福来る→

16.笑う門には福来る

かるた

これと反対に「泣きっ面に蜂」という諺があります。どうも「福は福を呼び」「病は病を呼ぶ」のかも知れませんね。私が大事にしている言葉最近の生理学の研究報告によると、笑うと免疫の分泌が盛んになって健康になり、悲嘆に沈むと分泌が減って病気がちになるそうです。昔の人は経験的にこんなことを知っていたのでしょうね。

笑顔があると、その笑顔に人は集まり易いし、不景気な仏頂面をしている所には、敬遠して足も遠のき易いものです。生きている以上、不愉快なことや気持ちが沈むことは良くあります。そんなとき、早く気分を切り替える工夫をしてください。私はそんな時、靴を履いて外に出る事にしています。外に出ると、一歩一歩のと足元の安全を確かめて歩かねばなりません。

その内に、沈んだ気分は汗と一緒に対外に流れ出してしまいます。公園に行くと木々の装いからも、梢に止まる小鳥にしても、見上げる空の雲も、どれもこれも心に新しいメッセージを投げかけてくれ、感動を呼び起こしてくれ、気分を取り替えてくれるのです。一つ、みなさんも実験してみてください。障害者になっても、自分の表情には自分で責任があります。友達と仲良く過ごすためには相手が不愉快に感じないよう気をつけましょう。
私が大事にしている言葉
そのためには、日頃から鏡を見て、マヒのためにどんな筋肉の動きが旨くいかないのか、調べて訓練をしてみましよう。障害のために、辛い表情が険しくなって居るかも知れません。本来の皆さんの、素晴らしい笑顔を取り戻して、友達同士で互いに微笑みを交換してください。

そしてお互いの表情が生き生きしてくると、今度は褒めてあげてください。人は他人を褒めても、他人から褒められても、不思議に、気持ちが晴れて楽しくなって来るものなのです。加えて私たちの年代は、幼いときから、辛抱したり、我慢したりすることになれて来ました。

今直ぐ、手に入らないからと言って、無闇に腹を立てたり怒ったりしません。待つことが出来ます。そして笑顔を続けることが出来るのです。しかし、今の若い世代は、時代の影響を強く受けて育っています。

私達が国を豊かにしようと頑張っていた時代には、「欲しいときには直ぐ手に入る態勢」を取ることを一つの目標にしてきたのです。水道方式と言って、水道の蛇口をひねれば欲しいだけ、欲しいものが、国民の手に届く、そんな社会をつくりたいと思った時代がありました。その成果が、今度は、欲しいときに直ぐ手に入らないことが大きな不満になってしまったのです。「辛抱する」とか「我慢する」ことを知らない世代を作ってしまったのです。これは深く反省しています。


←17:挑戦と応戦→

17.挑戦と応戦

トインビー

若い頃から好きだった領域に歴史がありました。それも戦後の日本では国史が全面的に見直され、小学校で教えられたことが、歴史的な事実ではないとされました。そのお陰で、日本の天皇を中心に作られた、それまでの教科書は消滅してしまいました。その私が、高等学校に入って、東洋史の世界や西欧の近代史を学ぶうち、トインビーの「歴史の研究」に触れる機会がありました。

中でも私が感銘を受けたのは、世界の文明社会が、母体となった文明を継承しながら、自分を取り巻く環境条件の変化に対して、どんな有効な対策を実施したか、あるいは、成功して文明の命を延ばしたり、失敗して滅びたかに焦点を当てていたことでした。私たちは良く「挑戦しよう」と人にも言いますし、人からも言われていました。でも、トインビーは、「環境の変化が文明に挑戦してきた」と考えます。

だから文明世界は「その挑戦を受けて応戦をする」としていました。普通の使い方と逆なのです。
所が私が障害者になってみて、初めてトインビーの解説が本当だと思いました。脳卒中とその後に残る障害は、私に加えられた、運命からの挑戦なのでした。そのままずるずる引き下がったら、どこまでも追いかけて来て、遂には人生という土俵の外にまで追い出されてしまう危険な挑戦なのです。

人生の土俵を割りたくはありませんでしたから「これには応戦するしかない」と考えたのでした。ですから私は、決して「挑戦」するという華々しいことを下のではなくて、一生懸命に土俵の外に出されまいとして俵に足をかけて「応戦」しているに過ぎません。そうしながら、次の打撃―再発、他の成人病―を食わないように気を付けています。その応戦をするために、様々な方法で武器を手に入れました。

何と言っても自分の人生に「自信」を持たせたことが大きかったと思います。そしてこの「自信」はお習字の稽古から生れました。毎日の歩行訓練で、移動が自由に出来るだけでなく、歩くことが全身の血液を循環させてくれます。足は第二の心臓とさえ言われているくらい大事なのです。精神的な興味を持ち続けることもありがたいことでした。人生をどう生きるか、この命題に対して、世界の哲学者が、あるいは宗教家が多くの意見を教えてくれました。

道に迷った時、必ず道を教えてくれる地蔵さんのような方が現われてくれました。何もすることがなくても、身辺を探せばテーマは見つかります。私は写真の整理をして写真集を作り、個展も開きました。下手でも構いません。「どっこい、おいらは生きている」のです。中学生時代の学徒動員の記録を作るために古い友人に呼びかけ、文集「出発進行、閉塞注意」を作り、我ながら少年時代を必死に生きた日々に感心して、そこから元気を貰ったのです。みなさんも人の知らない色んな武器を手にしてください。

私が大事にしている言葉


←18:独立自尊→

18.独立自尊

福沢諭吉

私が生れた大分県の中津という町は、福沢諭吉が少年時代を過ごした町という理由で、町の公園には、諭吉にゆかりのある記念碑があります。そして、そこに「独立自尊碑」というものがありました。幼い時には特に気にも留めなかったのですが、小学校で使う算数のノートの表紙に、その石碑の写真が載っていたので頭の中に染み込んでいました。そう言えば「一村一品運動」と言う山村起こしの運動の発生の地でもありますから、自分主独立の気分が強い土地柄があるのかも知れません。

地理的に山が多く、多くの小さい盆地ごとに、独自性のある文化が育っています。ところが、平野の多い地域では、水稲栽培と言う伝統的な産業構造そのものが、指導者の指図に従って行動するように義務づけられ、それが庶民の生きる道でした。これは藩で灌漑施設を作ると、その効果を最大にするため、各水路の開閉に応じて農民が動員されるシステムが完成されていました。この気分は更に幕府の「知らしむべからず、拠らしむべし」という治世の方針によっても加速されたとおもいます。

従って幕末の日本人にとって、これまでの依存に重きを置いた思考態度に慣らされていましたから、福沢諭吉のこの考え方は、革命的な思想だったでしょう。このことは又、明治の知識人が大いに悩んだ「自我の確立」と言われる、物事を自分で考え、自分の責任で実行し、その結果の善し悪しに拘わらず自分が引き受ける態度と、言い換えても良い言葉です。そしてこれは二十一世紀になっても日本人が取組まないとならない、精神的な大きな課題だろうと思います。

そして病気の後で回復を手助けするリハビリを、よく手足の機能回復そのものと勘違いすることがあります。確かに、手足の機能を回復することは大事なことに違いありませんが、それと同時に、そしてそ以上に、あなたの生き方に拘わる問題なのです。自分に与えられている現実の能力をベースにして、一つはそれを改善しようとする努力があります。でも、これが効果を上げるまでには気が遠くなるほどの時間がかかるのです。

だから大事な自分の人生の足元が明るい内に歩くためには、残された手足の能力を動員して、あなたのゆりたことが出来るように訓練しなければなりません。そしてこれを判断するのは、あなた自身しかありません。他人の意見は参考にしてください。辛い苦しいと思っても、自分の強い意志であれば辛抱も出来ます。で再自分で実行するものです。あなた一人に与えられた大事な人生です。どうか、その足元の明るい内に歩いて、人生の楽しさを満喫しましょう。


←19:ほどほどに 千里の道も一歩から→

19.ほどほどに 千里の道も一歩から

格 言

私の好きな歌に、水前寺清子さんの「三六五歩のマーチ」があります。ほんとに、リハビリをしながら考えさせられる歌でした。「一日一歩」と言うことです。「一日に三歩」は進めません。しかも一本調子で行けるかというと、必ず故障が出て、「三歩進んで二歩下がる」ことは良くあることです。でも、そうした足跡に、「奇麗な花」も咲いてきます。

その花を見ると、人は「やったー」と心を弾ませることが出来ます。どんな二目標が遠くに思えても、「千里の道も一歩から」なのです。なぜ一日三歩でなく一歩かと言うと、長続きしないことと、無理をするからなのです。「何もしないこと」と「無理をすること」の真ん中に丁度良い、あなたにとって最適な適度な場所があるのです。

私が大事にしている言葉

「何もしない」のは、廃用症候群に襲われて、筋肉が溶け関節が固まり、行動がますます出来なくなります。人間は、宇宙ではなく、地球の上で生活する以上、地球の持つ万有引力に抵抗して体を垂直に保つことが求められているのです。更に私たちに加えられたさまざまな挑戦に応えて、自分の人生、愛する家族を守るためには何か、これまでに試みたことのない新しいことに立ち向かう必要があります。

それが左手の訓練であれ、移動能力を高める訓練であり、新しいコミュニケーションの訓練であれ、まずその第一歩を踏み出さなければ、現在の「何も出来ない」状況から改善されません。つまり言葉を代えると、リハビリの訓練には、その一歩を自分で踏み出す勇気が必要な仕事なのです。この勇気を持ってもらうために、ボランティアさんや仲間の皆さんが励まして上げて下さい。

そして、子供の時に水の中で一生懸命に溺れまいとして必死にもがいて泳ぐことを身につけたことや、始めて自転車に乗った時、後ろで支えてくれていると信じて、手を放されても自転車に載れた体験などを話してあげてください。人生では、初めての事ばかりなので、誰だって、多少は不安があります。失敗を苦にしない人もありますが、「旨く行く自信がない」と自信のない人も多いのです。でも、誰だって初めから旨く行雲のではありません。

「一度や二度、失敗するのは当たり前」と楽な気持ちで取組みましょう。失敗を少なくするためには色んな工夫もあります。幾つかに分解して、分解した動作を一つずつ体に慣れさせたり、その訓練を繰り返して充分自信を持たせることもあります。場合場合に応じて、自信をなくさずに新しい物事に取組める工夫があれば良いなと思います。


←20:「アンプリファイヤー」→

20.「アンプリファイアー」

細川 宏

病気 それは心のアンプリファイアーだ
苦痛、寒暖、快不快、悲哀、歓喜、静寂、騒音、美醜、善悪、真贋、もろもろの心理現象図形がプラスの方向にもマイナスの方向にもはっきりぞうふくされて際だった映像を病者の心に結ぶ。

「病苦と心」

  • 病苦は人の心を耕す「すき」である
  • 平板に踏み固められた心の土壌を 
  • 病者は深く深く掘り起こし豊かな水分と肥料を加えて 
  • みずみずしく肥沃な土壌にかえる
  • 「深く」「肥沃に」をモットーにして 病苦に耕された人の心は
  • 弱々しく柔らかいが 柔軟にしなう強靭さを持っている
  • そして色々のものを産み出す豊かさと 
  • 謙虚に物を見、「美しき物」を讃嘆し 
  • 事の真贋を見ぬき すなおな喜びと悲しみに感動する
  • 深い深い苦悩の中にある 一種清浄なさわやかさ
  • 自然が病者に与える せめてもの代償なのであろうか。


「どくだみの花」                               星野富広
私が大事にしている言葉

  • お前を大切につんで行く人がいた
  • 臭いといわれ嫌われもののお前だったけど 
  • 道の隅で歩く人の足元を見上げ 
  • ひっそりと生きていた
  • いつかはお前を必要とする人の現れるのを待っていた体   
  • お前の花 白い十字かに似ていた。

←21:「青春」サムウェル・ウルマン→

21.「青春」サムウェル・ウルマン

(作山宗久訳)

  • 青春とは人生のある期間ではなく、
  • 心の持ち方を言う。
  • バラの面差し、紅の唇、しなやかな肢体ではなく、
  • たくましい意志、豊かな想像力、燃える情熱をさす。
  • 青春とは人生の深い泉の清新さを言う。
  • 青春とは怯懦を退ける勇気、
  • 安易を振り捨てる冒険心を意味する。
  • 時には、20歳の青年よりも
  • 60歳の人に青春がある。
  • 年を重ねただけで人は老いない。
  • 理想を失うとき初めて老いる。
  • 歳月は皮膚にしわを増すが、
  • 熱情を失えば心はしぼむ。
  • 苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い、
  • 精神は芥になる。
  • 60歳であろうと一六歳であろうと
  • 人の胸には、驚異に惹かれる心、
  • 幼子のような未知への探求心、
  • 人生への興味の歓喜がある。
  • 君にも吾にも見えざる駅逓が心にある。
  • 人から神から美・希望・喜悦・勇気・力の
  • 霊感を受ける限り君は若い。
  • 霊感が絶え、精神が皮肉の雪に覆われ、
  • 悲嘆の氷に閉ざされるとき、
  • 20歳であろうと人は老いる。
  • 頭を高く上げ希望の波をとらえる限り、
  • 80歳であろうと人は青春にしてやむ。

←22:障害と闘う共に→

22.障害と戦う友に

森山志郎

私たちの人生で大事なのは 心の持ち方なのです。
長い道を歩いて行く強い足や 重たい荷物を持つ手だけが 大事ではありません。
人間として大事なのは 固い意志 豊かな想像力 生き生きした感情
そして 生命の根源から溢れ出す「意欲」が一番大事なのです。
障害を持つ私たちは 安易さの誘惑に打ち勝つ勇気が 必要になります。
人は 障害を身に受けただけで不幸にはならない。
人は 肉体の不自由さだけで 幸福を失うものではありません。
肉体が健全でも 希望を投げ捨てた人は 不幸なのです。
肉体が不自由でも 希望に燃えている人とは 幸福なのです。
障害は私たちに苦痛を与えましたが幸福を願う希望までは奪えません。
私たちは 家族とふれあい 友と付き合い 与える事の喜びが受ける喜びよりも
大きくて楽しい事を知っています。

私が大事にしている言葉

  • ある詩人が 「人は誰でも 大自然から教えを受ける」と歌いました
  • 朝の光 風に揺らぐ木の葉 夕焼け空の一番星 野に咲く花
  • こんな物から あなたは
  • 明日への希望・信頼・喜び・思い切った挑戦の勇気
  • こんな物を伝えられる限り あなたはいつも幸福なのです
  • 然し 再発が怖いから何もしたくない手を動かすと痛いから動かさない
  • 生きていても仕様がない などと思い煩うと 希望もきえ去ります
  • そして 大自然からの教えは 最早あなたの手に届きません
  • そして あなたの心の 真ん中深くに 絶望が芽生え
  • 「何をしても駄目だ!」と 投げやり 自暴自棄の思いが広がり
  • 生きようとする力は 次第に無くなっていきます
  • その時には あなたは人間としての終わりを告げねばならないのです
  • 私は障害があっても 死ぬその朝まで 障害と戦うあなたと共に
  • 明日に希望を持ち続けて
  •  生きて行く仲間でありたい と願うのです

←23:貝原益軒に学ぶ→

23.貝原益軒に学ぶ

「人の身は父母を本とし、天地をはじめとす。天地父母の恵みを受けて生まれ、又養われ足る身なれば、わが私のものにあらず。天地のみ賜物、父母の残せる身なれば、つつしんで良く養ひて、そこないやぶらず、天年を長くたもつべし」 

「養生の術を学んで、欲わが身を保つべし。これ人生の第一の大事なり。人身は至りて尊く重くして天下四海にも代え難きものにあらずや。しかるにこれを養う術をしらず。欲を縦にして、身を滅ぼし命を失う事、愚かなる至りなり。」

「身を保ち生を養うに、一字の至れる要訣あり。これを行へば生命を長く保ちて病なし。
その一字はなんぞや畏(おそれる)の字これなり。」

「人の命は我に有り。天に有らずと老子いえり、人の命は、もとより天にうけて生まれつきたれど、養生よくすれば長し。養生せざれば短し。しかれば長命ならんも、短命ならんも、わが心のままなり。身強く長命に生まれつきたる人も、養生の術なければ早世す。虚弱にて短命なるべきと見ゆる人も、保養良くすれば命長し。これ皆、人のしわざなれば、天にあらずといへり」

「大凡万のこと天命なれば、人の力及びがたし。されども人事をば尽すべし」
「およそ人の楽しむべき事三つあり。」
一には身に道を行い、ひがごとなくして善を楽しむにあり。
二には、身に病なく快く楽しむにあり。
三つには命長くして、久しく楽しむに有り。
富貴にしてもこの三つの楽しみなければまことの楽なし。
故に富貴はこの三楽の内に有らず。
もし心に善を楽しまず又養生の道を知らずして、身に病多く、その果ては短命なる人は、この三楽を得ず。人となりて子の三楽を得る計なくんばあらず。
この三楽なくんば、いかなる大富貴を究とも益なかるぺし」

私が大事にしている言葉

もくじ

1:念ずれば花開く 13:疲れたら休もう、友達もそれ…
2:求めよ、さらば与えられん 14:目に見えないものを信じよう
3:「いのちの旅」 15:ま、いいか!
4:人生に歳月を加えるだけでなく… 16:笑う門には福来る
5:人生の意味を人生は私達に… 17:挑戦と応戦
6:我事において後悔せず 18:独立自尊
7:生きるとは自分で意識し決断し… 19:ほどほどに 千里の道も一歩から
8:人間万事「塞翁馬」 20:「アンプリファイヤー」
9:心の平安は、欲望の充足によって… 21:「青春」サムウェル・ウルマン
10:太鼓の音に足のあわぬ者を… 22:障害と闘う共に
11:必要なことは、大きい意欲と… 23:貝原益軒に学ぶ
12:親しい仲間と生活の基盤をもつ…

LinkIcon私が大事にしている言葉(もくじ) TOP