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目 次
「巻頭言」
片マヒ自立研究会 会長 森山志郎
- 片マヒ自立研究会会長 森山志郎
- リハビリは、新しい自分を作ることです。
- それも、決して古い自分を捨てることではなく、これまでの自分を土台に、新しく「障害と共に生きる」部分を加えて、それが一体となった「新しい自分」を作ることです。
- まず、行動の不自由さを取り戻す必要があります。右手を使えない私は訓練したら、自分も知らなかった能力が見つかりました。
- 鶴見和子先生は脳卒中のリハビリは、「埋蔵資源の発掘だ」と、たとえ話をされましたが、全くその通りです。でも、掘り起こさないと何が埋まっているのか、誰も知りません。慌てずに友人や専門家の話を参考にして、発掘の目標を決めてください。心に決めたことは、必ず実現できるものです。
- ドアは叩かないと、開けてもれえないものなのです。

「戦略的に進める私のリハ(2)」
森山 志郎
- 1,「戦略的」の意味
- 脳卒中になって、リハビリをするときに、ぜひ、「戦略的」に目標をきめてください。
- それは「賢い」リハビリをして、どんな生活を目指すか、ということです。
- 手足が不自由でも、家の中であれば生活の自立を求められます。自分の家業であれば、気兼ねなく続けられます。
- 昔の勤め先で元通りの仕事をするには、通勤をしたり、職場の受け入れが問題になります。その他、どんな社会的な活動をしたいのか、目標を決めて下さい。それを心の中にしっかりと持つことは、リハビリではとても大事なことです。
- そのために、主として次の三つの視点から考えると良いと思います。
- 第一は、歳によって回復のペースが違うこと。第二には、みなさんは違う障害をかかえているので、異なった対策が必要なこと。第三には、これまでの挫折や挑戦、そして成功した体験に個人差があること。
- この三つの視点で考えて、あなたにふさわしい目標を作ってください。
- 2,歳にふさわしいテーマ
- 人が生きるには「人生周期」という見方があります。人間は生まれて死ぬまで、一般的には、共通した通過点があるからです。
- 人は成長すると、仕事を身につけ独り立ちをします。つぎに「つれあい」と共に家庭を作り、次の世代である子供を育てます。
- やがて定年になると引退し、人生の老後を過ごした後、最後に死を迎えます。最近では長命化のために「たそがれの時間」が長くなりました。そこに老後の生き方という新しい課題も生まれています。私は56歳で不自由な状態になりましたが、今では76歳になっています。
- 人には、この人生のテーマをやり遂げられるよう、歳が若いほど肉体の回復力は強いのですが、一方で、子育てのすんだ老人になると骨はもろくなり、筋肉も弱くなって強い運動はできにくくなります。つまり歳によって体力に差があることを承知してください。
- 65歳を過ぎた老人と、50歳の働き盛りとでは、回復力も筋肉の力も新しいテーマに立ち向かう能力も違いがあります。
- 自分の歳に見合った、ふさわしい目標を見つけることが「賢い」方法です。
- 3,後遺症―障害の問題
- 脳卒中の後は、手足のマヒに加えて、外からは見えない、他人にわからない「痛み」や「不便」に苦しむ人も多いようです。
- 足にマヒがあっても、「装具」を使えば、自由に歩けるようになります。自分で動き回ることが出来ることは、大きな生活スタイルの分かれ目になります。バリアフリーが進みましたが、日本の道路や建築ではなるべく車椅子は使わずに生きたいものです。
- できるだけ自分で動けることが望ましいですね。右手が使えなくて、字の書けない人は、ぜひ、左手で字を書く訓練をして下さい。すべての生活で左手が主役になるのですから、しばらくは時間はかかります。
- 最近ではパソコンを活用して、文章をつくったり、手紙を書く人が増えました。手紙を書くことは、押さえつけられた不満を解消できる良い方法と思います。
- 現在のあなたには、どんな訓練が可能なのか、対応できるものや、できないものがありますから、身近な医療関係者とよく相談して、その意見を聞いてください。
- そして、「昔の私」に戻るのでなく、新しくハンディのある「私」が、どんな新しい生き方に挑戦できるのか、考えましょう。
(つづく)

「自然の食品に助けられて」
山田 裕子
- 復職ができて元の職場にもどったとき、友人が健康月刊誌の1年購読券をプレゼントしてくれました。そのお陰で、心身の健康に食生活がどれだけ大事で、食生活が人生をも変えることを知ったのでした。
- 玄米、大豆、ゴマ、やさい、海草といった自然の食品、そして、みそ、梅干、漬物等、自然の発酵食品には、健康づくりや維持に欠かせない大きな力がある、素晴らしい食品であることを学んだのです。
- 今日、ものが豊かになり、食生活も手軽で便利になりましたが、表示にたくさんの添加物が示されて、驚くとともに不安になります。どうしてもこんな添加物をとるので、便利さと背中合わせに、不健康の種があることに注意しています。
- 障害を負い、輸血のためにC型肝炎ウイルスに感染し、慢性C型肝炎といわれている私が、元気に毎日を暮らしているのは、「玄米自然食」の効果に尽きると感謝しています。
- その思いで、長く玄米自然食を実行しているのです。そのせいか、夏の暑さにも負けず、身体は軽々として動くことができるし、肝機能も正常値を保ち、肝炎にならず「医食同源」という言葉を実感しています。
- 玄米は、お米の「命」を宿す、食養的に素晴らしい完全食品で、体にほしいものが多く含まれています。
- 体を温め、細胞を活性化しますから、体が軽く動くのでしょう。
- 玄米ご飯は、ぼそぼそしてまずいと、聞きますが、これは炊き方しだいなのです。
- 私は小豆や黒豆を炊き込んだりしますが、とても美味しいご飯になります。ただし、玄米にはカルシュウムがありません。
- それを補うために「いりゴマ」をよく擂(す)り、軽く塩味にして「ふりかけ」を作り、たっぷりとご飯にかけて、よく噛んでいただきます。
- 古来から日本の風土にあった玄米は、素晴らしい主食と実感しています。
- 一方の副食には、必須アミノ酸を多く含み、たんぱく質が豊富で、栄養障害の心配がない、大豆、大豆製品やいろんな野菜や海草をとりあわせ、バランスよい献立を作ります。また、みそ、梅干、漬物等の発酵食品をとりいれ、動物性食品はひかえて、食べ過ぎないようにします。
- こうして、体調を見ながら玄米を中心にした自然食の生活をしていますが、体調がとてもよいので、これからもつづけるつもりです。
- 食物繊維は、体内に入った化学物質を排泄してくれますから、昔から繊維が多い伝統食品も、食卓に欠かせません。
- 今日では「栄養」というとすぐ「肉」を連想するように、動物性の食品は簡単に手に入るようになりました。しかし、自然の良い食品は、努力しないと口には入りません。人間の体は、食べものの成分で作られているのです。良い食品を選んで食卓を作っていけば、体質も改善されていくことでしょう。再発を防いで健康な生活をしていくには、毎日の食卓がとても大きな力を持っています。どうか、一緒に「障害はあっても健康な生活」を目指していきましょう。

玄米ご飯
- 陰陽のバランスに立ち
- 自由自在にかたよりがたき
- 日々でありたい
家村 富美子

「落書き!?」
三好 務
- 老境に至って、やっと自分の辿ってきた長い人生を振り返ることができる。若い時に見えなかったものが、見えるようになり、また、忘れかけていたものが思い起こされる。
- 自分の一生は、起伏の多い人生だった。少年の頃、北海道大学のプール、16歳の時、東京多摩川の急流で溺れかけた。成人して北海道の化学肥料工場に就職し、21歳の時、業務災害で右手五指の機能障害者となった。以後、酷寒の北海道で、人には察しきれない左手一本の涙の出るような、苦しく辛い生活を踏み出した。この事で私が描いていた人生の夢も、全く消え去った。昭和44年に大阪に転勤、ついで、46年東京に転勤、好きな山登りを始めた。冬の魔の山、谷川岳で滑落、谷に落ちる所を、一本の細い木が一命を取り留めてくれた。また、正月の八ケ岳で道に迷い遭難寸前、北岳に息子と二人で登山、下山して身延駅にバスで移動中、100メートルに及ぶ山崩れに遭遇、バスは10メートル手前で急停車して、危うく難を免れた。
- 昭和51年、新年早々、舌癌で入院、苦しい人生の悲哀を味わった。切除検査の結果、幸い良性の腫瘍だった。60歳の時、脳梗塞で倒れ、何人の医師からは再起不能と宣告され、リハビリ施設を紹介もされず、「いざり」同様の生活が始まった。以後、自宅で家内が用意したリハビリ器具を使い、家内の叱咤と励ましの元に、負けん気の強い本人の前向きの意思が、必死のリハビリを耐え忍び、何とか歩けるようになった。今は杖をただ一人の友として全国を旅して紀行文を書いている。医者からも見離され自力でここまで回復した。この陰には家内は勿論、大勢の人々の力添えがあってのこと。
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精神対話士の資格の取得 長山 弘
- 私の「片マヒ自立研究会」への出席への動機は「真の障害受容」を求めてのことであった。平成15年6月、発症後一年を迎える頃に初めて「片マヒ自立研究会」へ出席した。
- 「過去との決別、自分の信じられない心の弱さ、これからの生き方などの課題」を誰にも言えずにいた。
- 「傾聴」「共感」「受容」の精神で片マヒになった私を包んで下さった。
- 「人間としての誇りを取り戻したら、手足の不自由なことは、個性の一部として考えられるようになる。」との森山会長の指導を得て、心から納得出来た。
- 私は、傷ついているもの同士が「相手を癒してくれる立場がある」ことを知った。そのことによって、これからの生き方の指針の一つとして、「メンタルケアの専門職」としての「精神対話士」があることを知り挑戦した。
- ①加齢に伴う孤独感や喪失感で苦しんでいる人 ②長期入院や療養生活で不安や恐怖を感じている人 ③引きこもりなどで孤独感や挫折感を持っている青少年 ④介護で疲れと孤独感を感じている家族などを対話によって、「癒し」を齎(もたら)す仕事である。

「可能性と限界を求めて」
篠原順子
- え、なに、これ・・・?
- 仕事から帰って赤ワインをいっぱい。一休みしてお風呂に。いつものパターンだ。シャンプーをしていたときに左手中指に痺れが走った。え、なに、これ? シャンプーを流し、湯船に入る。ところが出ようとしても手に力が入らず立てない。これが障害者としての人生の始まりだとは考えも及ばなかった。病気に対してまったく無知だった。風邪もひかないくらい元気だった。救急車で運ばれながら、翌日のことが気になって友達に連絡するように頼む。自分では意識があったように思っているがこの後の記憶はあいまいだ。眠ったり目覚めたりの軽眠状態だったようだ。3日間集中治療室にいてその後一般病棟に移ったそうだ。
- リハビリ開始
- 発症後3週間でリハビリ病院に転院。寝たままの車での移動だった。翌日から朝の着替え、車椅子での移動、などリハビリが始まった。知能テストのような脳の検査をいろいろされた。顔は左半分が重苦しい。口も左が動かしにくい。音が鮮明に出てこないような感じ。左手は肩からぶら下がっているだけ。左足の付け根が痛い。
- 最初は、装具。石膏で型をとって出来上がるまで約1週間。試着して少し修正を加えてマイ装具が出来上がった。それまでも病院の装具を使って、リハビリはしていた。床へ降りての膝立ち、片足を前に出して脚をたて、また戻す。腕の力に頼らないとまったく足が出ない。寝た状態でのヒップアップ。それらが何を意味しているのか、何の役に立つのかもわからない。ただただ言われるがまま、取り組んだ。
- 可能性と限界を知りたい
- 作業療法もケースの中の小豆やお米に両手で触れて健常の手で感じている感覚を麻痺側の手でも感じていると思って覚えこませるようなこともしたが何も感じない。無駄なことをしているように思った。療法士に「あなたと一緒でないとできないことをやってほしい」と言ったことがある。医師に「あなたは重度の感覚障害です」と言われた。言葉上の意味はなんとなくわかるがそれがなにを意味しているのか具体的にはわからなかった。脳出血とか脳梗塞と言っても症状は脳のどの細胞が侵されたかによって千差万別、人それぞれなのだとだんだん理解するようになった。それなら同じように重度の感覚障害の人がどのようなことができるようになっているか、自分の可能性と限界を知って可能性のあるものに全力投球をしたいと思った。
- 片マヒ自立研究会との出合い
- 『脳卒中後の生活』という本に出合い、執筆した患者グループ「片マヒ自立研究会」を主宰している森山さんにメールしたところ早速お返事をいただいた。さらには12月の会合へのお誘いもあった。まだ車以外での外出はしたことがなかったが、療法士さんに相談すると、バスと電車に乗る練習を一度してくれた。しかし、横浜まで行くのは大いに不安だった。でも助言がほしかった。夫の援助もあってどうにかたどり着いた。先輩方の体験談を聞いているうちにわかってきた。だれも可能性や限界はわかっていない。医師たちも。やってみなければできるようにはならない。あきらめてはいけないのだ。これからはNever give up! の気持ちでなんでもやってみよう。あせらずに、のんびりゆっくり、しかし着実に。これがこの会の方々から学んだことだ。

「本の紹介」
- 『歩けた!手が動いた』
- 主婦の友社
- 著者:片マヒ自立研究会会長
森山 志郎
- 紹介文:著者本人
- 私は発病して、回復に焦って肝臓を痛めました。絶対安静を守ったため、廃用症候群により筋肉が拘縮して、どん底の絶望状態に陥りました。
- どうやって立ち上がり回復の道を辿ったか。そして、右半身マヒと云う、治らない障害を抱えているのに何故、新しい自分と出会えたか、各章に「そのとき妻は」というページを設け、私の状態に合わせた妻の意見を入れました。発病して6年目の平成3年に書いたものです。
- 絶版ですが、横浜市立図書館にはありますから取り寄せてお読み下さい。
- 『心が動いた』
- 莊道社 定価 1,785円
- 著者:片マヒ自立研究会会長
森山 志郎
- 紹介文:著者本人
- 前の本を出版して10年後、私は障害を持ったまま、講演活動で全国を飛び回りました。どうしたら立ち直れるか、深く複雑な問題ですが、より一歩踏み込んだ「障害受容」とかのテーマにも取り組みました。
- 大田仁史先生を囲んで私と妻の鼎談記事も載せ、本人や家族の心の動きを説明しました。これは出版社に在庫もありますからお読み下さい。
- 上記の本を読まれて、片マヒ自立研究会に入会された方が大勢いらっしゃいます。
- 『あなたへの応援歌』
- 文藝社 定価 1,575円
- 著者:片マヒ自立研究会
- 長山 弘
- 紹介文:著者本人
- 平成14年6月27日、会社生活36年の最後の日、株主総会へ向かう車の中で、「脳梗塞」を発症し倒れた。
- 今まで経験したことのない精神的、肉体的苦しみが、私に容赦なく襲いかかり、57年間築き上げてきた私という人間の精神的土台を、根底から破壊していった。
- リハビリによる身体の回復への挑戦に加え、「障害受容」という私にとっての大課題が生じていた。
- そして、人生の全ての体験は、どんなに過酷なものに見えようと、人を苦しめる為にだけあるのではなく、全てが、教訓的なものであることを心に刻むことが出来るまでの体験記である。

インターネット書店
24時間営業中!
www.yurindo.co.jp/
「本の紹介」
- 「脳卒中からの復職」
- 著者:江嵜 昭
- 発行:荘道社 定価:1,000円

- 第1章 リハビリテーション
- 第2章 自宅でリハビリ
- 第3章 いざ復職!
- 第4章 生き方を考える
- リハビリには目標が大切だ!
- 51歳の働き盛りで脳卒中を患った。なってしまった以上、それをとやかく言っていても仕方がない。これからどうしようか。「復職したい!」そこで復職への「目標」を立て、リハビリに邁進した。私と同じように脳卒中になった人で「復職したい」と切望している人たちの参考になればと思い、筆をとった。
- (江嵜)
- 「脳卒中後の生活」
- 監修:大田仁史 編集:橋本三鈴
- 発行:創元社 定価:1,470円

- 第1章 脳卒中の知識と入院から退院まで
- 第2章 後遺症とのつきあいとリハビリ
- 第3章 再発予防と元気に暮らすために
- 第4章 脳卒中後の日常生活の工夫
- 第5章 経済面や生活を支えるサービス
- 片マヒ自立研究会と出会って10年以上になります。私自身も会員の方たちの前向きに生きる姿に励まされ、さまざまな暮らしの工夫に感服しましたが、全国の同病の方たちにもぜひ伝えたいと思ってきました。会員の方たちの「少しでも同病の後輩に役に立つことがあれば」というご好意で、いろいろお話をうかがってまとめることができました。「とても参考になり助かりました」という読者の反応もあり、うれしい限りです。ご協力ありがとうございました。
- (橋本)

100回記念、会の紹介、後記
- 【100回記念行事のお知らせ】
- おかげさまで、片マヒ自立研究会は今年100回目を迎えます。
- 100回を記念致しまして、ふさわしい記念行事を計画しております。
- 100回の歩みの記念号の発行、今後の会の方向を示唆する講演会などを計画しています。
- ご期待ください。
- 【会の紹介】
- あなたも参加してみませんか?
- この会は、脳血管障害者の自主グループとして、片マヒ後遺症を持ちながらも、明るく楽しく地域の人たちと共生し、障害者が共に支え合うことを目標としています。
- 主な活動は、月一回の会合で近況報告、講演会、楽しい行事、ピアカウンセリング、研究成果や情報を「会報」に発表、などです。
- 【活動予定】
- 横浜市神奈川区鶴屋町2-24-2
- 電話 045-312-1121
- 障害者無料駐車場あり
- 横浜駅西口下車徒歩5分
- 5月14日(日)13時30分~16時30分
- 6月11日(日)13時30分~16時30分
- 7月09日(日)13時30分~16時30分
- 9月10日(日)13時30分~16時30分
- 会費は一回500円です。
- 皆様の参加をお待ちしおります。
- 執着なく無限の中にありて
- 梅はらはらと散るを眺めつ
家村 富美子
- 【快適な生活のための】か・き・く・け・こ
- か・感動
- 「感動とは感じてうごくこと」感動は脳を刺激して次の新しい行動の呼び水のなります。
- き・興味
- 絶えず新しいことに興味をもち「60歳、70歳からのチャレンジ」でどんどん新しいテーマに挑戦しましょう。
- く・工夫
- 問題が起きた時に様々な角度から解決策を考え、一つ一つ乗り越えていきましょう。
- 工夫すること、創造的に考えることは脳の良い刺激になります。
- け・健康
- 健康であれば、脳の刺激もパワーアップします。今更言うまでもないですね。
- こ・恋心
- いくつになっても異性に興味を持つのは自然の摂理。心のふれあいも含めた上手なつきあい方を考えましょう。
- 恋心は若返りの特効薬です。
提供・三好さん
【編集後記】
- 急きょ編集のまとめをおおせつかり6号を完成させました。楽しい会報にしようと思ったのですが、堅さがどうしても出てしまいました。100回を期にほのぼのとした会報にしたいと思います。
佐藤
- 発行日 2006年(平成18年)4月9日
- 片マヒ自立研究会編集部
- 会長 :森山 志郎(題字)
- 編集委員:城所 佳夫 長山 弘
- 江嵜 昭 井本 健
- 篠原 順子 佐藤 万宜
- 連絡:佐藤万宜kazuyosi-satou@mail.goo.ne.jp
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