新しい自分を生きる

●論文館

15.新しい自分を生きる

片マヒ自立研究会(第105回)主宰  森山 志郎
緑区中途障害者連合会主催講演会 平成21年6月9日

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自己紹介

  • 泉区の森山志郎と申します。

  • ご覧のように私の右手は全く役に立ちません。右足は装具をつけてようやく歩くことが出来ます。脳梗塞になり右半身に強いマヒが生まれて以来25年が経ちました。
  • 02.jpgまだ昭和の時代でした。
  • 当時の医療診断の水準では、まだどんな治療が良いのか、良く分からないままで、多分脳梗塞だろう、右手や右足が動かなくなったから左の大脳運動野の障害だろう、とそんな風にやってきました。
  • それ以来、ずっと過ごしてきました。

  • これまでに、緑区には平成10年と15年にうかがっています。
  • 今日会場に見えている方々は殆ど始めてお目にかかる方々です。
  • 時間の許す限りゆっくり聞いてください。
  • 食後で一番眠くなる時間ですから、眠くなったら居眠りして構いません。
  • 私の話を100としたらその中の10か20でもお土産に持って帰ってくれれば大成功なのです。何も全部を覚えなくて結構なのです。

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1.これまでのリハビリの枠を超えよう

  • 03.jpg今日は、私たちがいつも言っているリハビリという言葉の枠組みを少し超えた考え方を紹介したいと思います。
  • 私達はどうしても動かない手足をどうやって動かすのか、自分の障害をどうしたら治せるのか。障害を「治す」と言う方向に関心が向かいます。

  • 04.jpg障害とは治らずに残ったから「障害」なのです。治れば何も残りません。
  • 何かの都合で治らずに残った状態が障害なのです。
  • 大脳の中で壊死した細胞がどんな領域を支配していたか分かりません。

  • アメリカのジル・テイラーさんという脳科学者が脳卒中になり自分で「今、私の脳のあの部分が壊れた」と、凄い記録を発表して世界の大反響を起しています。
  • それを読みますと、「ああ、人間の頭の中はこんな仕組みになっているのか」と今まで気がつかなかったことが沢山ありました。

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2.一人一人が自分の目標を

  • それによると、私達の脳には細胞が1兆個あって、その1兆の細胞が複雑に絡み合って、色んなシステムを作り、記憶した創造したり、その活性化した細胞が色んな活動をして私たちの日常生活が旨く行っているのです。

  • ジルさんは左側の大脳の「言語」を分担する細胞が死滅して役割りを果たせなくなったのでした。ただ、これを治す力は人間に備わっていると考えられています。

  • 人間に備わっているから諦めてはなりません。治ると信じてください。
  • 05.jpgただ、治るスピードと年を取るスピードと旨くマッチングしていない。
  • 私の人生は既に80歳でそろそろお迎えが近い。
  • ところが治るのは10年20年30年、或いはもっと掛かるかもしれない。
  • 治るスピードが遥かに遅いのです。

  • 飽くまでも手や足を動かすことだけを中心にしたリハビリでは、寿命が追いつきません。そこでどうしても考えねばならないのは、一人一人が全部違った障害の持ち主と言うことです。右半身マヒ、左半身マヒ、前頭葉の障害、言語障害、高次脳機能障害と大雑把に見ても様々な障害が残ります。

  • 06.jpgその障害というのは、例えば私の場合、右手が使えないが、これで困ることを私の日常生活の中から拾い出します。
  • 先ず色んな工夫をして食事の時には左手でお箸を使う訓練をします。
  • 字が書けない、どうするか。左手に鉛筆をもたせて訓練しましたが、とても後で読めません。幸いなことにワープロかあったお陰で、左手の操作で手紙を書いたり、日記をつけました。右手が使えなくても、左手を訓練すれば日常の生活はやりくりが出来ます。

  • 足が歩けない、杖を突いて歩く練習をしましたが、家の周辺は段差が多くて非常に苦労しました。後日、杖を突いて歩けるようになった時に、自治会の役員をしたので役所と色々相談しました。バリアフリーの街作りを提案しました。

  • これがコミュニティーゾーン計画として実現すると、段差がなくなり歩道が整備されて、車椅子でも生活が出来る地域が生まれました。それを高く評価して市内の18区全部で実施してもらいました。その結果、横浜市のバリアフリーは随分進みました。

  • まだ完全ではありません。もう少し時間と予算を掛けて、誰もが住み良い環境を実現したいものです。障害があるから歩けない街から、障害があっても何とか歩ける街にする、そんな活動もあります。

  • 07.jpg言語障害という問題があります。これは非常に辛い障害なのです。
  • 私たちが誤解しているのは、単に言葉が出てこない、言葉が理解できないことと思っていました。しかし、脳の研究が進み、人間は言葉を使って物事を考える、と知りました。
  • 言語障害の方にはこんな影響も考えられるのです。
  • 言語障害の方がどれほど苦労されているか、これは大変なものです。

  • 高次脳機能障害も最近になってようやく分かりかけてきましたが、例えば、5の次は6とか12の次は13と言う、誰でもが判っている筈の順序が分からない。
  • 08.jpg10から3を引きなさいと言っても、大きさも引くと云う意味もそれらを司る脳細胞が障害を受けていると分からないときもあるのです。
  • そんな風に一人一人が違った状態の障害を抱えているのですから、皆で励ましあって自分の障害を一つでも二つでも克服してください。どうしたら克服できるか皆の力をあわせましょう。「私はこうして成功した」とこんなことを互いに話し合って励ましてください。

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3.私の体験からー

  • ① 再発と「ガン」の予防

  • 09.jpgリハビリの過程では物凄くエネルギーを使います。
  • 周囲の方が考える以上の大きなエネルギーを使います。
  • その時にしっかりと再発の予防、これをしっかりしておかないといけないのです。

  • これは中々病院では教えてくれませんが「ガン研究所の副所長」だった方が研究をして「脳卒中に一番なりやすい人は一度脳卒中をした人」と、言う結論を導かれました。

  • これは「生活習慣病」であるといわれる脳卒中になった人は、脳卒中になりやすい生活習慣と体質をしているからなのです。

  • 10.jpg自分がなぜ脳卒中になったかという原因、「リスクファクター」とか「危険因子」、例えば高血圧、糖尿病、高脂血症と言う体質、タバコ、ストレス、暴飲暴食の生活習慣、私は一日にタバコを80本吸っていました。
  • 私の会社はお酒とも縁が深く、お昼はワインにビール、夜はウイスキーに焼酎・ブランデーと連日の深酒でした。
  • そして夜遅くなると「腹が減った」とバターを溶かしたラーメンを食べましたから最低の生活習慣の持ち主でした。

  • 所が昨年の秋くらいから「おしっこ」が近くなり「おかしいな」と思っていました。
  • 年を取れば皆、こんなになるのだろうと思っていました。
  • しかし、夜中にも5回8回とトイレに行くために眼を覚ますようになると、神経衰弱になりそうになりました。

  • 思い切って専門医に診察して貰ったら医師が「前立腺が特大に大きくなっています」と言います。「前立腺、それ、どこにありますか」と教えてもらいました。
  • 「念のために血液検査をしましょう」と、検査をしてもらいました。
  • 結果は「ガンができてますよ」と知らされました。
  • 「ええっ?何が原因なのですか」「これは30年前にできたものです」。なるほど、30年前だったらまだ現役でストレスが多かったし、暴飲暴食の生活をして脳梗塞の原因と同じものが「ガン」の原因にもなっていたのでしょうか。

  • 11.jpg脳梗塞は早々と発病しましたが「ガン」は30年たって始めて私に「こんにちは」と挨拶してくれたのです。ガンの予防は、20年30年の病気で毎日新しいガンが芽生えていると言われます。前立腺のガンは男性ホルモンと関係があるのでその治療をしています。

  • 再発の予防をしておかないと折角苦労してリハビをしても、絶対再発しないと言う「生活と体質の改善」を実行しながらご自分の機能の改善に取り組んでください。

  • ②廃用症候群とその対策

  • この廃用症候群とは人間の体には、「使わなければなくなる機能がある」ことなのです。
  • 私が入院していたときに、一日も早く回復したい一心で無理をしました。
  • 12.jpgそれが祟って肝臓が弱り絶対安静を命じられ4週間して肝臓は良くなりましたものの、右半身の全ての筋肉、胸もお尻もみんななくなってしまいました。
  • 筋肉がなくなり余った皮の袋がぶらぶらと下がっています。

  • こんな恐ろしい現象が襲い掛かるなど夢にも思いませんでした。
  • 色々と勉強してみますと、何もこれは筋肉だけでなく、脳の機能も同じことが言えるのです。使われない脳の機能は次第に衰退します。
  • 廃用症候群に落ち込まないようにしてください。

  • まず、体を動かすこと。そのためには男性の方は家庭の中で奥さんの仕事を分けてもらい家事に是非参加してください。食事の後片付けに参加してださい。
  • すると奥さんは「私を愛してくれている」と感じます。
  • 小さい茶碗は片手で洗えるし、大きいお鍋を洗うときにはマヒの手が不思議に手伝います。そんな日常の仕事を続けるうちに機能は色々と回復してきます。

  • 特に人間の体は3ヶ月から6ヶ月で新しく入れ替わるのです。
  • 頑丈な骨は「破骨細胞」と言うのが一生懸命に食います。
  • 13.jpgそしてその後に新しい骨が出来て行きます。その際に骨に強い刺激が加わると密度の高い強い骨をつくるのです。骨に刺激がないと弱い骨でも構わないだろうと弱い骨しか作りませんから次第に薄い骨に変わり、何かのときに「ポキリ」と折れてしまいます。

  • 歩かないでいると足の骨はドンドン細く小さくなります。お相撲さんが四股を踏みますがこれは丈夫な足腰を作るからなのです。
  • 歩いたり使ったりすると血液が全身に流れ、体の隅々まで栄養が行き渡りますから全身の細胞が元気になります。
  • 使えば使うほど、人間の体は元気になる仕組みができているのです。
  • 14.jpg近頃、認知症が話題になりますが、「うちのおばあちゃんを認知症にしよう」と思ったら、「何もしなくていいよ」と全部してあげることです。
  • 上げ膳、据え膳、さあお八つだよ、さあ食事だよ、お台所もお掃除も何もしなくて良いよ、テレビの前でバラエティ番組を見て、「ハイ、ハイ」と従っておれば間違いなく認知症になります。

  • だから認知症にしたくなければ「おばあちゃん、お料理を教えて」とか「これ、どうしたら良いの」と家庭の中に役割りを作ってそれに参加してもらうことです。
  • こうして役割りを持った生活では中々認知症にはなりません。

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4.私を変えた二つの「出会い」

  • 人間は話を聞いても中々行動を変えることは非常に難しいことです。
  • 私が入院中に「心」を揺すぶった二つの「出会い」がありました。

  • 15.jpgその一つは、この写真にある、北京国際マラソンで同着で宗茂とたけしの兄弟二人がテープを切った瞬間の写真です。この瞬間を見て大きな感動がありました。

  • それは2時間20分を走って同時にゴールインするという前例のないことをしたからです。私がようやくリハビリを始めたときのことでした。
  • この二人とはロスのオリンピックに出場する最後の仕上げを北海道でしましたので、私も直接接触する機会もありました。こんな素晴らしいことができたのは、彼らは「オリンピックで優勝したい」と言う非常に高い目標、しかし非常に具体的な目標を持っていたこと、更に、その目標を達成するために、雨が降っても「一日休むと取り返すのに三日掛かる」と休まずに練習をしていました。その高い目標を達成するために自分で自分に課した高い水準の練習の実行、高いけれども具体的な目標を作ること、これが大切です。

  • そしてこの目標は到達する中間に小さな目標をつくること、例えば横浜駅に行くという大きな目標の手前に、中山駅に行くという中間目標を作ることです。
  • 大きな目標を達成するためには途中に小さな目標を作って進むことが無理なくやれるポイントです。

  • 16.jpg二つ目の出会いは意識もなく「他に生かされている」姿の患者さんを知ったことでした。私は絶対安静の結果、廃用症候群により肩の筋肉が落ちて動かすと痛みが強く、運動はできなくて、じっとしていました。

  • その私を見た付き添いさんが「今日は、いいところに連れて行く」と車椅子に私を乗せて、植物状態になっている患者さんの病棟に連れて行きました。
  • 植物人間と言われる患者さんの姿を見て、私は思わず眼をそむけました。

  • 人間とはもっともっと、自分の意志を持って自立して自主的に動く、そんな存在と思っていたからです。意識もなく人工栄養に頼って、「これで生きていると言えるのか」。
  • 17.jpg私は「こんな風には生きたくない」と思ったことでした。

  • この二つの「出会い」が、ニ・三日の間隔で私を襲いました。
  • 強いプラスの刺激と強いマイナスの刺激が私の心に、リハビリテーションに対する「意欲」に火をつけ、「心構え」ができました。私の態度が変りました。それまでベッドに寝込んでいた私が、「何とか歩けるようにしてくれ」と付き添いさんに頼みました。

  • そして歩くための「股関節」を広げる余りの痛さに涙を流して耐えました。
  • そのお陰で歩くことが出来るようになりました。
  • これを境に私のリハビリの方向は違った方向に向かうことができました。

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5.「心構え」のスイッチを入れよう

  • そんなに考えてみると、私は幾つかの大切な「出会い」がありました。
  • その中で大きかったのが大田仁史先生との「出会い」でした。
  • 何かと云うと、川崎の古市場で講演会がありました。
  • 当時の私は、「リハビリを続ければきっと元の様にもどる」いや「きっと治して見せる」と信じていました。ですから「もう少しだ! 一生懸命に頑張れ」と言う趣旨の話だろうと期待していました。

  • 18.jpg意外にも先生は「障害は治らないよ」と言われます。「えエッ」と驚きました。
  • その時に幕末から明治の時代を生きた福沢諭吉が、晩年に「一生を顧みると二つの人生を生きたような気がする」と言う言葉を残されたと話をされました。

  • 家に帰ってこの言葉を噛み締めました。
  • 諭吉は大分県の中津の出身で「独立自尊」とか数々の言葉を残しています。
  • 私が考えていた人生は、一つの流れのようなものでしたから、「二つの人生がある」と言う考え方はショックでした。

  • これまでの五体健全だった前半の人生と別に、障害を得た現在の自分を前提にした新しい「自分の在り方」「自分の人生」を造らねばならないのではないか、ということに気がついたのです。
  • でも、「どうしたら良いのか」。福沢諭吉は語学が堪能だったから明治の文明開化に活躍できたが、右手の使えない私には何も能力がありません。

  • 19.jpgするとその時、書道の師匠と「出会い」ました。この時に私は「入門500時間訓練」と言う訓練方法を採用しました。
  • 短期間に集中して訓練するもので、1日3時間の練習で1ヶ月に90時間、6ヶ月続けると540時間になります。毎日3時間、筆を持って練習しました。

  • その秋、練習の成果を作品にして区民文化祭に出品しました。
  • 健常者と言われる方々の作品に混じって「これは障害者の作品ですよ」といわずに作品は堂々としていました。それを見た瞬間、「健常者に負けないぞ」と言う気持ちが消えました。「この能力を生かしていけば社会の中でやっていける」と感じたのでした。

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  • それまでの私はお習字とは全く縁はありませんでしたが、それ以来、お習字は私から外せない習慣になっています。毎年の書展に参加して中国の古代の「隷書」や「篆書」を中心に学びました。今は秋に行われるラポールの作品展に向けて準備を進めています。
  • 障害を受けた私にそんな能力があるとは全然知りませんでした。
  • そうしたら「埋蔵資源」と言う言葉を使って、鶴見和子さんとおっしゃる、脳卒中の経験者ですが、社会学者が表現されています。誰にでも「埋蔵資源」はあります。
  • 「埋蔵」されていますから土の下で見えません。自分で掘らないと分からないのです。

  • でも、在る事を信じて「念じながら」どんな能力が潜んでいるか自分でも分かりません。「私にこんな能力があったのか」と言うような発見があると信じてください。これには「新しい自分をつくる」リハビリにスタートするぞ、と言う「心構え」のスイッチが入らないと旨く行きません。スイッチを是非入れてください。

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6.「念ずれば花ひらく」「二度とない人生だから」

  • 私が詩を朗読してみますので目で活字を追ってください。

  • 念ずれば 花ひらく
  • 苦しいとき 母がいつも口にしていた このことばを
  • わたしも いつのころからか となえるようになった
  • そうして そのたび わたしの花が ふしぎと 
  • ひとつ ひとつ ひらいていった

  • 21.jpgこれは坂村真民さんの詩です。「念ずれば 花開く」なんてそんな理屈はありませんね。
  • これは「左脳」で理論的に考えると無意味に聞こえますが、「右脳」が直観では「あ、そうか!」と到達できる真実なのです。
  • 本当に心に念じてリハビリのスイッチを入れたら必ず新しい自分の世界がひらかれてまいります。この詩を一つだけでもお土産に持って帰ってください。

  • 手元の資料にサミュエル・ウルマンの「青春」と言う詩ものせてありますから、おうちに帰ってゆっくりと読んでください。

  • 同じ真民さんの詩に「二度とない人生」と言う詩があります。
  • 22.jpg「二度とない人生 だから」、だから何をしますか。
  • 「だから」一人一人の皆さんが考えてください。
  • 「二度とない人生 だから」、あなたはどうしますか? 
  • 「二度とない人生 だから」
  • 「僕はこんなに生きたい」
  • 「わたしはあんな風に生きたい」。

  • 私は「こうしたいと」お一人お一人がこの詩を完成させてください。

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7.新しい自分をつくること

  • お習字を書いてきましたので見てください。

  • 23.jpg「花をのみ待つらん人に山里の、雪間の草の春を見せばや」

  • これは美しく咲く桜を待ち焦がれている人に、山里で雪に覆われながら青々とした緑の草が萌え出す美しさを見せたいものだ、と言う藤原家隆の和歌です。赤い花でなくても青々した風景にも美しさはあるのです。

  • 障害があっても胸を張って堂々と生きる、そんな素晴らしい人生があるのです。
  • 平安時代の詩人の言葉なのです。何も「バラの花」や「桜の花」ばかりが美しいのではありません。真っ白な雪の下から萌え出でる青々とした草の色にも詩人は感動したのでしょう。人生には色んな情景があるのです。

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8.最後に

  • 24.jpg「Yes! We Can!」これはご承知の通り、アメリカの大統領の選挙スローガンです。オバマ大統領が国民に伝えたメッセージです。
  • 「We Can ! よしっ みんなできるよ!」私たちはできる! と言っているのです。
  • 皆さん、皆さんはできるのです。どうか自分の目標に向けて足を踏み出しましょう。
  • We Can を信じて踏み出しましょう。

  • ウルマン 「 青 春  」  作山宗久訳

  • 青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方をいう
  • バラの面差し、紅の唇、しなやかな肢体ではなく、
  • たくましい意志、豊かな想像力、燃える情熱を指す。
  • 青春とは人生の深い泉の清新さを言う。

  • 青春とは怯惰を退ける勇気、安易を振り捨てる冒険心を意味する。
  • 時には、20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。
  • 年を重ねただけで人は老いない。
  • 理想を失うとき初めて老いる。

  • 歳月は皮膚に皺を増すが、情熱を失えば心はしぼむ。
  • 苦悩、恐怖、失望により気力は地に這い、精神は芥になる。
  • 60歳であろうと16歳であろうと、
  • 人の胸には、驚嘆に惹かれる心、幼児のような未知への探究心、
  • 人生への興味の歓喜がある。
  • 君にも吾にも見えざる駅逓が心にある。

  • 人から、神から、美・希望・喜悦・勇気・力の霊感を受ける限り、君は若い。
  • 霊感が絶え、精神が皮肉の雪に覆われ、悲嘆の氷に閉ざされる時、
  • 20歳であろうと人は老いる。
  • 頭を高く上げ希望の波を捕らえる限り、80歳であろうと、人は青春にして止む。

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